FC2ブログ

いま、「芸術」に求められるべきものは「まっすぐな表現」ではないでしょうか?



「芸術」が、「モダン・アート」とか「現代美術」と呼ばれる時代に入ってから、今日に至るまでの、「芸術」の歴史は「ヒネリ」の歴史だったといってもいいほど、「芸術」には、ありとあらゆる「ヒネリ」が加えられてきたと思うわけなのです。


「現代美術」においては、常に、「ヒネリ」によって、斬新さが生み出され、オリジナリティを提示し、作品の意味深さも与えられてきたと言っても過言ではないのだと思うのです。

もちろん、ヒネラレテいないストレートな作品がなかったということではありませんが、美術史的な観点からすれば、「ヒネリ」を全面的に前に出したような表現こそが、時代を形成してきたものであって、「現代美術」の歴史の中心線上には、「ヒネリ」は二の次にして、ダイレクトに人の心に訴えかけようとするような、「まっすぐな表現」と言うのがあまりないように思うわけなのです。
(ぜんぜんないとは言いませんけどね)


一見すると、ダイレクトな表現形態をとっているような場合でも、その展示方法や、コンセプトなど、どこかしらに「ヒネリ」があって、それが必ずと言っていいほど、最も印象的な部分となっていると思うのです。

そんな中で、いま、「芸術」に求められるべきものこそ「まっすぐな表現」ではないでしょうか?


「ヒネリ」の積み重ねが処理しきれなくなって、いよいよ行き詰ってしまった今、人の心にダイレクトに働きかける事を第一義に考えた「まっすぐな表現」こそ求められるべきなのだと思うのです。

「ヒネリ」を一切使わないというのには無理があると思うのですけれど(「芸術」によって何かを表現しようとすること自体が一種の「ヒネリ」なのかもしれませんから)、あくまで、それが一番大事なことではないという前提を頭に置いて考えるべきなのかなと。


現在の「芸術」において、「まっすぐな表現」を使うことは、言葉の上での「まっすぐな表現」と言う通りの単純な事ではないのだと思います。

過去において、かなりの部分が「既成の表現」となってしまっている現在においては、「まっすぐな心」で「芸術」を探求しても、その結果着地するべき場所がとても狭められているわけです。

だから、どうしても「ヒネリ」に持って行ってしまうのだと思います。

でも、その「ヒネリ」の着地する場所もなくなってきてしまった、というのが現状なのだと思うのです。


もともと、「現代美術」は始まりの時点から、ちょっと安易すぎたのだと思うのです。

「抽象表現」にしても、「芸術」の本質を観念の中に見出すという考え方にしても、十分に必然性のある、そこに向かうべき可能性を持った方向だったのだと思うのです。
でも、それが言葉の上では解決できても「芸術表現」として具現化するのがあまりにも難しかったので、つい安易にヒネッテしまったのかなと。

そして、一度「ヒネリ」だしたら、安直な割にインパクトのあるその手法に憑依されてしまって、止めるに止められなくなってしまったというところではないのでしょうか?

でも、もう、その「ヒネリ」の着地するべき場所もなくなってしまってからでさえ(「もう現代芸術は行き詰ってしまった」と言われ出してからでさえ)、かなりの年月が経ってしまっているわけです。

その間、埋め尽くされた足の踏み場も無いような場所の中に、何とかして隙間を見つけ出しては、ヒネッテ着地させる作業を繰り返してきたわけですが、実際には、着地する場所など考える必要はなかったのかなと。

まっすぐに表現した結果が、多少既成の表現と似ていようが、真っ当すぎて面白くないと思われようが、気にする必要はなくて、一直線に自分の心の中心に向かう「まっすぐな表現」だけを見据えていけばよかったのかなと。

その結果であれば、どこに着地したっていいじゃないかと。

その結果であれば、どう思われたっていいじゃないかと。

そう思うことが必要であったのかなと。


そうした中でこそ、「抽象表現」や、「観念」をいかにして「作品」にするのかということを根底から考え直していくことが、はじめて意味を持ってくるのだと思っているわけなのです。

わたし自身がこれらのことを達成できるという自信は、まったくもって無いのですが、きっと、誰かがそれを成し遂げるのだろうという確信だけはありますから、そんなところで、このブログをやっていたりもするわけなのであります。




関連記事

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


リンクはご自由にどうぞ

QRコード

QR