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「芸術」は「私物」ではないと思っています



「芸術」と言うのは、作者の感情や感覚を現したものですから、まったくもって個人的なものだということができると思うわけです。
でも、その反面「芸術」は私的な所有物では有り得ないということも言えるんじゃないかと思うのです。


私の個人的な考えですが、「芸術」は作者自身を含めて何者かに所有されるべきものではなく、一定のよりどころを持たない、特定の場所をもたないようなニュートラルな状態に置かれるべきものではないのかなと。

つまり、それは作者から世界に対して投げかけられたままの宙に浮いたような状態であるべきであり、何かに結び付けられたり、固定されたりしては作者から投げかけられたものが、その固定されたところにしか届かなくなってしまうわけですから、そういうことを避けるためにも、出来うる限り、自由で不定で偏在しているべきではないのかなと。


もし、そうだとすれば、「芸術」とは法律的な権利の上で誰かに所有されるという話を抜きに言えば、本来は、常に何物にも所有されないものであるべきではないのかなと。

作者のごく私的な表現を、その外の世界全体に向かって投げかけるという、物理法則とは一切無関係のエネルギーを持っていなければ、また、そのエネルギーが無重力空間のように保存され続けなければ、「芸術」が「芸術としての意味」をなさなくなってしまうわけで、それは「作品」ではなくて、ただの「物」や「製品」と同じになってしまうわけなのです。


だから、それが有名な人の作品であろうと、全く無名な人の作品であろうと、また、法的に誰かに所有されて居ようが居まいが、それが、まさしく「芸術」として作成されたものである限りにおいては、そこに込められたエネルギーは永遠に保存されているはずだし、それを、消滅させることなどはできないはずなのです。


要するに、「芸術」は所有してはいけないのではなく、所有することができないものなのではないのかなと。

つまり、お金を出して「芸術作品」を買った人は、「芸術の殻」だけを高額で買わされたわけで、肝心な「芸術の核」を所有することは出来ないということかなと。

『だから、なんなんだよ?』

「いえ、べつに」

『じゃ、一人で言ってろ!』

「ハイ、そうしますです」


そんな風に思っています。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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