FC2ブログ

「自信」なくてもいいと思うのです



「自信」というと、当然のように「私は〇〇ができる」と言うことが前提になっているわけですけど、この「私は〇〇ができる」は、私には本当の「自信」だとは思えないわけです。

だって、「できなく」なれば消えてしまうわけですから、それほどしっかりした「自信」とも言えませんよね。

ところが、それに反して「できなく」ても平気で「自信がある人」もいるわけですね。
たぶん、そういう人は、常に肯定され続けて育った人なんでしょうね。

だから、彼らには、「自信」の失くし方が解らないんだと思うわけですね。
「できても」「できなくても」肯定されてきたから、どうして「自信」を失う人が居るのかが理解できないのでしょうね。

そして、たいていの場合、この「できなくても平気」な人が「できる」ようになるのです。
まぁ、無条件に最初から「自信」満々なんで、実力を発揮しやすいわけですよね。

こう書いてくると「やっぱり自信があった方がいいんじゃないか?」ということに成りそうですけれど
じつは、この無条件の「自信」も続かないわけですね。

だって、人からもらったものですから、それに、その「自信」をくれた人たちは、先に居なくなってしまいますから、そこから先は、だんだん枯渇してくるわけです。

それでも「自信」ありげにしている人は、虚勢を張ってごまかしているんでしょうね。


だから、もう、そんな頼りにならない「自信」なんて無くてもいいと思うわけです。
『「自信」が有っても無くても、たいした問題じゃないと思いますね』
と思えれば、それが本当の「自信」かな?などと思うのです。


ただ、なかなかそう思えないのが、問題なわけなんですけどね。





関連記事

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


リンクはご自由にどうぞ

QRコード

QR