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いま「額」な理由と、いま「和」ではない理由



いま、私は「絵」とともに「額」を制作しようとしているわけなんですね。
と言っても、まだ納得のいくものは出来ていません。


しかも、木工作業に慣れていないこともあって、時間がかかってしまい、去年は、「絵」を描く時間が極端に少なくなったので、「絵」のほうでは、習作が三点、本作と言えるものは二点しか描けませんでした。

さらに言うと、そんなに時間をかけたにもかかわらず、「額」のほうは、試作品が二点と、途中まで作りかけてそのままになっているものが一点あるだけで、仕上がったものは、まだありません。

「額」と「木枠」を作る前の段階で、そのための道具を作るのにかなりの時間を割いたことで、そんなことに成ってしまいました。
しかも、今は「額」についての構想が、だいぶ変わってきてしまったので、それらの「額」が本作にまで発展することはないでしょう。

つまり、何も出来ていないに等しい状態ですね。

『なんと言うテイタラク!』


ところで、なぜ、そんなにまでして、「額」を作るのか?ということなんですけど、いま、「絵」には「額」が必要だと思ったわけなんですね。


現代美術の「平面作品」では、「額装」していないものが多いわけですが、私は、それではダメなんじゃないか?と思ったわけです。
「額」はやっぱり必要なものだったんだと思うんですね。

平面を平面として区切るためにも、そのことをはっきりと示す意味でも、「額」という境界線が必要だと思うんですね。


そして、それは「絵の世界」を、時間や空間などのしがらみのない、つまり、「現実の世界」とは違う「芸術の世界」として、そこに閉じ込めるための、「結界」としての作用も持っていると考えているわけです。

とは言っても、私自身も、もともとは「額装」に対して否定的な考え方を持っていました。
私の場合、「額」は「権威の象徴」だと思ったんですね。

でも、「無額」にも、いつもどこかモヤモヤした違和感を感じていたので、『額なんて無くていいんだ!』とも思えないでいました。

そこである時、思い至ったのが「茶室」だったんですねぇ。


そのことは、前に記事に書いたので、詳しくは、そちら(2014年3月31日の記事)をご覧いただきたいんですが、私は、「茶室」というのは、世界に類を見ないほど「手の込んだ額」だと思うのです。


そこに思いが至って以来、私は「茶室」のような「小宇宙」を、「額」と「絵」によって創り出したいと思うようになったわけなのです。


そして、そう考えるようになってからは、「額」抜きに「絵」を考えることはできなくなってしまったというわけです。


『だったら、茶室に飾るような絵を描けばいいじゃないか』と言われるかもしれませんけど、私は、油絵具が好きなんですね。

どのぐらい好きかというと、たぶん、油絵具がなければ絵は描きません。
そのくらいです。


でも、それよりも、もっと大きなな理由があります。

「茶の湯」のような純粋な日本文化というのは、もう完全に寸断されてしまって、「現在に生きた文化」ではなくなってしまっていると思うのです。

つまり、現在の日本人にとって、「茶室」や「茶道」は、むしろ、異文化であって、外国人にとってのそれらと何ら変わらない存在になってしまっているわけです。
それはもう、「生活に根差した文化」とは言えないと思うのです。
(まぁ、もともと「非日常的な文化」ではあるんでしょうけどね)


それについては異論もあると思いますが、少なくとも、私自身にとって、「茶室」は、生まれた時からすでに異文化であって、それは、私にとっては、ハナから取り返しのつかないことなのです。

ですから、私がそんな「茶室」に飾るべくして「絵」を描くということは、その「絵」が、私にとっての「真実」ではなくなってしまうということなのです。


と、まぁ、こんな感じで「額」を作っているわけです。


それから、キャンバスの木枠も作っているので、とても時間が足りません。

木枠の方は、ずいぶん時間が短縮できるようになったので(こちらは正確でありさえすればいいので)、今年は、「額」の制作を棚上げにして、「絵」をまとめて描いています。


ということで、私の「小宇宙」は、いったいいつになったらできるのでしょうか?


やり続ければ、きっと、いつかできるのかなと。

一応、そういうことになっております。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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