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2.≪喪失≫の実践について(前置き):の説明

このカテゴリでは【芸術の20世紀喪失宣言】についての説明をしていきます。
(このカテゴリのはじめの記事を先に読んでいただくとわかり易いと思います。)


この項目は少し長いので、いくつかに分けて説明していきます。


まず、はじめに、前置きとして(この「前置き」が長いんですが)、この「宣言」による≪芸術の20世紀喪失≫において、最も重視されるべきは「一人の意識」であって、「社会的な変革」などではないということを言っているつもりです。


これは、この「宣言」全体を通して言えることだと思うんですが、ちょっと見たところでは、「社会」を「啓蒙」しようというものに見えてしまうのかもしれません。
でも、それとはかなり違うものだと思ってやっています。

私といたしましては、見たことをそのまま書いているだけなんですね。


つまり、≪芸術の20世紀≫が間違っていたように見えるから、『それは、間違っていたように見えますね』と言っていますし、「その間違い」が、100年間エスカレートし続けて、もう、誰にも止めることができなくなっているように見えるから、『一度戻ってみてはどうでしょうか?』と提言しているつもりです。

「見たまま」です。


全く何のヘンテツもなく言っているつもりです。
それを、そのまま「宣言」したということです。

『そんな当たり前のことを、わざわざ宣言するな!』と言われてしまうのかもしれませんね。

『でも、誰も言ってくれなかったんで、言ってみました』ということです。
(言った人も居るんでしょうが、かき消されてしまっているようなので)


それから、もう一つの理由として、こういうことは「エライ人」が言うと、それこそ「啓蒙」になってしまうので、「エラクナイ人」が言うことが必要なんじゃないかと思ったんですね。

私は、「そーとーエラクナイ人」なので、言ってもいいんじゃないかと思ったということです。


「啓蒙」が悪いと言うことじゃないんですけど、そういうことから抜け出したかったわけなんで。
つまり、「エライ人」が言えば通ってしまう、というようなことから抜け出したかったということでしょうね。

『そういうことは、実力をつけて、それなりの地位についてから言わないと』みたいな話がありますけど、まったく逆で、これは、一定の地位にある人が言ったんじゃ意味がないことなのです。


ここでも、また「前置き」が長くなってしまいましたが、話しを戻すと、言いたかったのは、こういうことをひっくるめた意味で、「一人の意識」が重要だということなんです。

重要というよりも、それが全てといってもいいと思っています。


「宣言文」の中でも言っていますが、「一人の人間の意識」というのは、実は、トテツモナク大きなものであって、それは、数に換算されてしまうような小さな単位のものではなく、「意識」の単位は、一単位が「無限大」であると考えています。

一人でも「無限大」ですから、一億人でも百億人でも一人でも、おんなじなわけです。


『そんなのはヘリクツだろ!』と言われればそうなんでしょうね。
でも、「20世紀の芸術」も一種の「ヘリクツ」だと思いますから、「おあいこ」ですね。

問題は、その「ヘリクツ」に、「その先」があるかどうかだと思っています。


私は、「20世紀の芸術」を継承することは不可能だと思ったんですね。
(もともと「継承」を拒絶していますからね)

つまり、「その先」には何もないということです。

そして、その結果として「21世紀の芸術」は消えかけていると思うわけです。


もし仮に、「芸術」というものが消えていくのだとしても、それには、「終わり」が必要なんだと思っています。


私が感じている『≪芸術の20世紀≫は間違っていた』ということの方こそが間違っていて、『≪芸術の20世紀≫は正しかった』または、『そんなことはどっちでもいいことなんだよ』なのだとしたら、おそらく、「芸術」というものは「終わり」に近いところにいるのだと思います。

それもまた、私のカンチガイなのかもしれませんが、それを確かめる意味でも、一度戻ってみてもいいんじゃないかと思うのですがいかがでしょうか?


と、こんなことを書いたつもりなんですけど、どうもうまく説明できていませんね。

また、ここでも、どうにも説明ができていないので、読んだ方は解りにくいでしょうね。


とにかく、ここで私が言いたかったのは、「一人の意識」は、とても大きいということ、「その一人」が誰であっても、「その大きさ」が変わることはないということ、「その一人」として、『私はこの「宣言」をいたしました』ということ、「その一人」として、『あなたは、何をしますか?』ということだったわけなのです。





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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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