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「技術」に頼らず「技術」を使う



これは「芸術」に限ったことでもないんだと思いますけど、どんな分野でも、「技術」と言うのは、とても「堅実」な感じがするわけです。
だから、どうしても、そこに頼りたくなるのです。
でも、それが「芸術」にとっては、どうも良くないんだと思うわけです。


たしかに、「技術」は努力すると、その分、確実に身に付いてきますし、人からも理解されやすいですから、使いたいものなわけですね。
でも、使っているうちにいつの間にか、そこに頼るようになってしまうのも事実なわけです。

そこに、頼らないようにするために、一切「技術」を使わないようにすることは不可能だとしても、「技術」を出来るだけ遠ざけるということはそう難しいことでもないんだと思います。


20世紀以降の美術と言うのは、そうした「アンチ・技術」的なところに基本的な足場を置いてきたように思いますが、実際に必用だったのは、「技術を捨てること」ではなく、「技術に頼らず、技術を使うこと」だったんじゃないかと思うのです。

このことに限らない話ですけど、人間って、二つのことを同時に追求できないようにできているんだと思いますが、それでもなんとか、それをやろうとすることが必要だったんじゃないかと思うわけですね。


「技術」に頼っていると「安心感」があります。

「技術」を捨てようとすると「不安」に成ってきます。

でも、「技術」を完全に諦めてしまうと、また「安心」になれるんだと思います。


どっちかに寄ってしまうと”ラク”になれるんですね。


”ラク”な方がイイんですけどね。
でも、そこは「”ラク”しちゃいけない所」なんじゃないかと思うんですよね。


「技術」と「アンチ・技術」の間にしか、「芸術」は存在していないんだと思いますね。

だから、そこを”ラクして、どっちかに寄ってしまうと、「芸術以外のナニカ」には近づけるかもしれませんが、「芸術」からは遠くなってしまうんじゃないかと思うわけなんですね。


これは「技術」に限ったことではなくて、あらゆることの「両極の間」にあるのが「芸術」なんだと思うんですよね。
「極める」と言うのは、決して「極端」であることではないと思います。


「両極の間」での「試行錯誤」こそが、「芸術」なんだと思います。
『こうすれば、こうなる』と分かっているものは、「芸術」じゃないと思ってしまいますね。


そこで、なんとか「技術」も身に着けながら、それを使っても行きながら、それに頼ったりはせずに、「技術」と「アンチ・技術」の間の「いちばん濃い一滴」を絞り出すこと。

『ムズカシイ!』


本当にムズカシイと思います。

でも、「それをやろうとする」だけでもイイんじゃないかと思っているわけです。
そう思うと、少し「安心」して”ラク”に成るんですね。
そして、そこは「”ラク”してイイ所」なんじゃないのかなと。


そんな風に思っているわけですね。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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