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「定型化」したもの




「芸術」の場で、「定型化」したものは「価値」が低いということに、表向きではなっているわけです。

でも、一般的に、「定型化」したものにこそ、安定した「価値」があるのは間違いのないことでしょう。
つまり、すでに試されて「価値」が確定しているわけですね。


そして、実は、「芸術」の場においても、常に、安定して評価されているのは、こうした「定型化」したものだったりもするわけです。


まぁ、大雑把に言えば、「抽象画」よりも「具象画」の方が売れる確率が高いし、「感性に頼った作品」よりも「技術に頼った作品」の方が、評価されやすいということに成りますね。

もちろん、「有名」になれば、話は違って来るんでしょうけどね。
その場合、「有名」と言うことが「一種の定型」に成っているということでしょう。

少なくとも、日本ではそんな状況だと思います。


なぜ、そういうことに成るのかと言えば、はじめに書いたように、「定型化」したものには、「確定した価値」があるからなんだと思います。

まぁ、皮肉な言い方をすれば、「人に自慢出来る芸術」或は「人から褒められる芸術」ということに成りますね。

もっと言えば、「売るときに高く売れる芸術」ですね。
「価値」が確定していますから、多くの人に共通の「価値」が、そこにあるということですね。


逆に、「確定した価値」を持たないものは、なかなか受け入れられにくいですね。

それもまた、当たり前のことですけど、「持ってると、人からバカにされる芸術」なんて、誰も欲しいと思わないですよね。
実際、「確定した価値」がないものと言うのは、持っているだけでも、そういう目に合う確率が非常に高いわけですからね。


ただ、ここで、大事なことは、「価値」は、「芸術」以外の分野でも生み出すことが出来るけれど、「意味」は「芸術」にしか生み出せないんじゃないか?ということなんです。


世の中に、「価値」のあるものは、たくさんありますし、人間が「価値」を生み出すことができる分野もいろいろとあるんだと思います。


しかし、世の中に「意味」のあるものは、いろいろとありますが、人間が「意味」を作り出すことが出来る分野と言うのは「芸術」だけなんじゃないかなと思うわけなのです。


そして、「定型化」したものには、「価値」はありますけど、「意味」は薄くなるんだと思うわけです。
つまり、すでに「価値が確定」していますから、どうしても「意味」が薄くなってしまうわけですね。


まぁ、例えて言うならば、まだ、一度も食べたことがないものをはじめて食べる時、「その食べ物」の「価値」は確定されていませんね。
従って、そういう「未知のメニュー」は注文される確率が非常に低くなります。

逆に、「定番メニュー」は人気がありますね。
「価値が確定」していますからね。


でも、ここで、「それを食べる意味」について考えた場合、どうでしょうか?

すでに、よく知っている味の「定番メニュー」を食べることと、どんな味なのか想像もつかない「未知のメニュー」を食べること、どちらの「意味」が大きいでしょうか?

”美味しい”とか、”好き”とかいう「価値」の部分を除いて考えたときですね。


おそらく、純粋な「意味」の部分だけで言うと、「未知のメニュー」の方が、「それを食べる意味」が大きくなると思うのですが、どうでしょうか?

そして、その「意味」が創作されると、「料理」も「芸術的」に成るんだと思うわけです。


「定番メニュー」を選ぶか、「未知のメニュー」を選ぶかも、「定型化した芸術」を選ぶか、「定型化していない芸術」を選ぶかも、最終的には「好み」の問題ですが、そこで、「価値」を選べば、「意味」はある程度捨てられてしまうということだけは、認識しておいたほうがいいんじゃないかと思います。

もしかすると、その部分こそが「芸術の中の最も芸術な部分」なのかなと。


そんな風に思っているわけです。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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