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「怒る人」と「チッチャイ自分」



「怒る人」って居ますよね。
いや、ちゃんとした理由があって怒るっていう話じゃなくてですね。
どちらかと言うと、ほとんど初めから怒っているというか、『怒るぞ!』っていう構えで生きているような人ですね。

短気な人っていうのとも、ちょっと違います。


要するに、そういう人っていうのは、『自信が無い』んだと思うんですね。

大抵の場合、むしろ「できる感じ」にしていたり、「強そう」にしていたりして、「自信満々」に見えるので、まさかこの人が『自信が無い』なんて、有り得ないんじゃないか?というように見えるんですけど、実を言えば、その「できる風」や「強そう」こそ『自信が無い』証拠でもあるわけですね。


実際、「できる風」や「強そう」をことさらに強調する人は、ほとんどの場合、心の底に臆病な「チッチャイ自分」を持っています。
と言っても、実は、この「チッチャイ自分」は誰の中にも居るんだと思います。

ただ、その「チッチャイ自分」が居ることを認めてあげる人と、そういう「チッチャイ自分」が許せなくて、いつもイライラしている人が居るんだと思います。

「チッチャイ自分」が認められない人は、だいたい完全主義的な人ですね。
つまり、自分の中の「不完全性」や「弱さ」が認められないんですね。
自分の中に、そういう弱い所やダメな所があるのが許せなくて、いつも苛立っているんですね。

だから、「芸術」なんかをやろうという人には、わりと多いんじゃないかと思いますね。
(そうとも限りませんか?)

まぁ、私なんかも、元々はどちらかといえば、そっち寄りだったような気がします。
今は、少し”マシ”かな?っていう所ですね。


ただ、私の場合、「チッチャイ自分」を認めたところから、「芸術」に向き合えるように成ったような気もしますから、「完全性」を捨てたことでかえって”楽”になったのかも知れません。


いずれにしても、イライラする所まではいいとしても、大抵の場合は、そこで止まっていなくて、そういう自分の中の「ダメ」を、正当化しようとしてしまうわけですよね。

「自己正当化」ですね。


そうなると、もう、後は、それを『ヒトノセイにする』更には、自分がイライラしていることも『ナニカノセイにする』ということに成って、それで、いつも初めから怒っているわけです。

でも、残念ながら怒っても、なんにもならないんですね。
まぁ、それでまたイライラするわけですけどね。


けっきょく、死ぬまでには「チッチャイ自分」を許してあげないとならないんじゃないですか?
と言うよりも、死ぬ時までに、そういう「自分の弱さ」を認められなかった人は、やっぱり不幸だと思いますね。

不幸と言うよりも、「幸せじゃない」ということでしょうね。


それを「すごく不幸なこと」だとは思いませんけど、「幸せじゃない」と思いますねぇ。

その人が生きてきたことが、全部「白黒写真」みたいに、「色のない世界」になってしまうような気がするんですね。
(いや、モノクロ写真が悪いって話じゃなくて、「例え」ですけどね)


この「チッチャイ自分」に限らず、自分のことが、少しでもわかってから死にたいですね。


そして、この「チッチャイ自分」を認めてやると、そこから、やっと少しづつ「自分の中」を見ることが出来るように成るんじゃないかと思いますね。

それまでは、自分の中を見ると、いつも絶対に見たくない「チッチャイ自分」がそこに居ますから、どうしても見なくなってしまうわけですね。


だから、自分が「怒る人」に成ってるなっていう人は、自分の中の「チッチャイ自分」を許してあげてもいいんじゃないですか?


その子は、とても小さくて弱いので、あなたに怒られて、いつも泣いています。

それが、あなたの姿です。

怒っているのは、あなたなんかじゃなくて、他の誰かです。

追い出すならそっちを追い出さないと、「チッチャイ自分」を追い出すことは、けっして出来ません。

だって、それが本当のあなたですから。


と言う風に、いつも自分に言っています。

 ※確か、何かの本で、こんなことが書いてあったのを読んだと思います。
  よく覚えていないので、自分の言葉も混ざってしまってますけど。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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