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「人権」ってナニ?



「民主主義」は、「人権」を前提にして成り立っているわけですが、その「人権」って、いったいナニ?と言う話です。


そもそも、「基本的人権」と言っていますけど、あまりに当たり前すぎて、やや漠然としているという感じもするわけです。


百年も二百年も前ならば、「基本的人権」は光り輝いていたでしょうが、それは、その前の時代が、とても不平等であったということでしかないわけで、現代において、いまだに「基本的人権」さえあれば、それでいいということでもないんじゃないかと思うのです。

要するに、「基本的人権」は、ごくごく当たり前のことしか保証してくれないということですね。
まぁ、それだからこそ「基本的人権」は大事でもあるんでしょうけどね。

でも、やっぱり、「基本的人権」は当然のこととしたうえで、「現在形の人権」について考えていってもいいような気がするわけですね。


例えば、現在の労働環境に置いて、「労働者の人権」はあまり尊重されているとは言えません。

企業側や資本家の権利は手厚く守られていますが、「労働基準法」などは、実質的には労働者を守る法律になっているとは言えないでしょう。
そうでなければ、そもそも「ブラック企業」なんて存在すらできないハズですからね。


どちらかと言えば、「労働基準法」があることで、企業に『「それ以上のこと」はしなくてもいいですよ』と言う「お墨付き」を与えてしまっているところもあるように思います。


そして、さらには、違反しても明確な罰則規定がない場合も多いわけですから、むしろ、守られているのは「労働者」ではなくて、「企業側」と言ってもいいくらいでしょう。


また、過労死やパワハラなどの問題についても、被害者が出てからでないと機能しない法律と言うのは、法律として機能しているともいえないと思うわけです。
(実際は、命にかかわるような被害が出てからでないと、あまり役に立ちませんね)


それから、学校での「イジメ」について言えば、「子供の人権」も、まったく守られていません。

子供たち自身はもちろん、学校も、親も社会も、「子供のイジメ」をどうすることもできません。


昔なら、たかが「子供のイジメ」のハズだったのに、それが「自殺」などの「悲惨」と直結してしまっています。
一昔前のように、『たかが、子供の喧嘩だろ』と言っていられる状況でもないと思います。


「人権」ってナニ?って言いたくなりますよね。
そもそも、弱い側を守るのが「人権」の役割ではないかと思うのですがどうなんでしょう?

少なくとも現在は、社会的に強い側を守る「権利」は確立されていますが、弱い側を守る「権利」となると、急に『一応形だけは、ある』みたいな、極端にあやふやなものになってしまっているわけです。


しかし、はじめに書いたように、「民主主義」が「人権」を前提にしか成り立たないものであるのならば、この「あやふやさ」は、完全に「民主主義」自体の危機だと思うわけです。


今の政治家で、なんとしてでも「子供のイジメ」や「ブラック企業」を減らそうと、本気で尽力している人はいるんでしょうか?
「子供のイジメ」を減らすことすらできない人に、他の何ができるんでしょうね。

少なくとも、「自殺」に直結するような「イジメ」や「労働問題」を「しょうがないから」と言って放置しておいて、他に何ができると言うんですか?


もともと、「政治」と言う機構に、それ程の有効性はないというのが実態だと思っていますが、だからと言って『やろうともしない』というのは受け入れられませんね。


『政治がやる』のではなく『政治がやろうとする』ことによって、『社会がそっちの方向を向くようになる』ということじゃないでしょうか?
実際に有効性が現れるのは、さらにその後、ということだと思います。

だから、当然、「その政治家」が評価されることはありません。
効果が現れるのは「その政治家」が、「その尽力」をしたときではなくて、そのずっと後になってからで、しかも、思わぬ形で結果が現れて来るので、「その尽力」が原因であることはなかなかわからないわけですね。


いずれにしても、誰も『やろうともしない』なら、どうにも成るわけがないですよね。


そういうことを「やろうとした人たち」によって、作られてきたものの一つが「民主主義」なわけです。
その過程では、「革命」などにおいて、多くの血も流されています。

日本だって、開国に当たっては多くの人が命を失くしていたりもするわけです。


そうやって、やっと手に入れた「民主主義」なのに、「人権」一つ守れないというテイタラクは何なんですか?


とにかく「人権」を守らなければいけないと思います。
もっともっと、「人権」を尊重しなければ、「民主主義」も崩壊してしまいます。


「民主主義」が当たり前だと思って育った我々が、「民主主義」が崩壊した世の中で暮らすのはツライと思いますよ。


いま、戦争する勇気がある人はいるのかもしれませんが、「民主主義」が崩壊した世の中で暮らす勇気がある人っているんですかね。

自分が「奴隷」に成るかも知れないのに、それをやりますか?
そんな「チャレンジャー精神」はいらないですね。

私は無理ですね。

「権力者」の側に立つのもゴメンですね。
そうなったら、死ぬまでに何としてでも権力の座を離れますね。

死に切れませんからね。


間違いなく言えることだと思うんですけど、世の中で、今、一番大事なことは「人権」を確立することですね。


それ以外の「経済」や「軍事」や「国際関係」は、かなぐり捨ててでも、「人権」を確立するべきだと思いますね。


それができた国は、まだありません。
だからこそ、それをやる意味がありますね。

それでなくてどうしますか?
「民主主義」、無くなってもいいんですか?

他になんかあるんですか、替わりのモノが?


と言う風に思っています。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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