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『いつの間にかひっくり返る』



「時代」には「流れ」があると思うわけです。
そして、その「時代の流れ」が、「いつの間にかひっくり返る」ということがあるわけですね。


『~ひっくり返ることがある』と言うよりも、むしろ、「時代の流れ」と言うのは、常に『ひっくり返り続けている』と言った方がいいのかも知れません。

「時間」とか「時代」と言うものは、いつも「ヨジレながら」進んでいるものなんじゃないでしょうか?


「メビウスの帯」のように、まっすぐ進んでいるつもりなのに、『いつの間にかひっくり返えされている』わけですね。
と言うか、『常にひっくり返され続けている』ということに成るわけですね。

それで、「常識」だったことが「非常識」になったり、「人気があったモノ」が「誰も見向きもしないモノ」になったりするということが起きて来るんでしょうね。


でも、『常にひっくり返され続けている』ということは、いま「常識」とされていることは、すでに「非常識」に成りかけているということに成るわけです。

そうなると、その「常識」は、いったい「常識」なのでしょうか?
それとも、もうすでに実体としては「非常識」になってしまっているんでしょうか?


「時代」や「世界」が常にヨジレて進んでいるとすれば、『ハイ、ここから「非常識」にひっくりかえりました』と言うポイントは存在しないわけで、人によって、それぞれ「非常識」に成ったと”思う時点”が違うだけ、ということに成るわけです。


実は、「時間」や「時代」に限らず、「存在」まで含めても、常に「世界」が反転しながら存在しているというのが、この「世界」の原理なのかも知れませんね。

もしかしたら、それだからこそ、いろいろな矛盾や、理不尽さを抱えたままでも、「世界」が存続できているのかも知れないですよね。


「万物は流転する」だけじゃなくて、「万物は常に反転しながら流転している」のかもしれないですね。


「矛盾」や「不合理」がどこかでヨジレて反転して、ナニカの「合理性」とつながっているということなんでしょう。

「たぶん」ですけどね。


こういうことを表現できる方法を知っている方が居らっしゃいましたら、教えてください。


と言う風に思っております。





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