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「福祉」と「競争」



日本では、「年金制度」が崩壊しつつあるわけですが、その原因としては、急激な「少子化」と「高齢化」があげられることが多いんでしょうね。


でも、本当のところを言えば、「少子化」や「高齢化」が無かったとしても、もともと、「年金制度」のような「社会福祉制度」と「自由主義」の方向性が一致していないということなんじゃないかと思うわけです。


「自由主義」を「経済」に偏重した使い方をすれば、「競争」しか残らなくなってしまうということなんだと思いますけど、「年金」に限らず、「社会福祉」と言うもの自体が、ほとんどの場合、「自由競争の原理」に反しているわけです。

要するに、「弱い者を助けましょう」と言うのが「社会福祉」であって、「弱いものを淘汰しましょう」と言うのが「自由競争」なわけですから、ほぼ、正反対の方向を向いているということですね。

そこで、「一旦淘汰された弱者をもう一度回り込んで助けましょう」と言う、非常に効率の悪いことをやろうというのが、「自由主義の下での社会福祉」ということではないでしょうか?


これには、無理があるんだと思います。
どちらかを捨てないとならないんだと思うわけですね。


「経済優先」なら「競争原理」を取るように成るでしょうし、「人間優先」なら「福祉」を取るしかないでしょうね。

両方は無理だと思います。
正反対ですからね。


その辺のところを、なんとなく”バランスを取り”ながら、実のところ、なんとなく”ゴマカシテ”やっているのが、今の政治なんだと思いますね。


でも、もうそろそろ”ゴマカシ”ではなくて、どちらか一方をキッパリと選ぶ時なんじゃないかと思いますね。


『あれもこれもやります!』と言う政治家はたくさんいらっしゃいますが、『それをやれば、あれもこれも出来なく成ります!』と言う「スローガン」をあまり見たことがないんですね。

まぁ、そんなこと言えば、当然「選挙」で落選するんでしょうけどね。


でも、「現実」ってそういうもんだと思うんですけど、どうなんでしょう?
つまり、たった一つのことをやるために、いろんなことを諦めなければならなくなるということですね。

そこで、『人々が如何に気持ちよく諦められるようにするか』というのが、これからの政治に求められて行くことのような気がします。


要するに「地球の容量」が見えてしまったんだと思うわけですね。
「資源」にしても「領土」にしても限度があって、それが足りなくなってきているわけですから、「諦め」が必要になってきているのは間違いないでしょう。

「物質的な満足」を追い求めても、昔のようにはいかなくなったわけです。


そこで、「精神的な満足」を提供できる「政治」が必要になって来ているんだと思います。


なんだか、話がずれてしまいましたけど、取り敢えず、「キッパリ切り捨てる」なら、「人間」を切り捨てるのだけは、『勘弁してくださいまし、お代官さま』

と言う風に思っているわけです。





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