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「文明は人の思考を停止する」・「文化はそれを再起動させる」



「文明」と「文化」の違いは、「物質的」と「精神的」と言う違いだといっていいんだと思うんですね。

そして、「文明」を生み出すためには、「文化」が必要だし、「文化」を達成したり維持したりするのには、「文明」が不可欠だと言えるんじゃないでしょうか?


そうやって、関連し合って、進んでいるのが「文明」と「文化」なんだと思うわけですけど、この二つには、「人の思考」のスイッチの「ON/OFF」を切り替える機能もあるんじゃないかと思うんですね。


つまり、「文明」が高じて来ると、

その中にドップリとつかった人間は、「思考」を停止して、余計なことは何も考えなくなってしまうのに対して、人間が「文化」に触れると、どんどん好奇心が湧いて来て、余計なことだろうが余計じゃないことだろうが、ありとあらゆるものに興味を持って、貪欲に「智」を求めていくようになるんだと思うのです。


この「思考のスイッチ」が入れられたり切られたりしている状態と言うのが、「人間の精神」を活性化させるんだと思うのです。

つまり、一時的に「思考」が停止しているということが”悪い”と言うわけではなくて、次に「スイッチ」を入れたときのために、気持ちを「リラックス」させるための「充電機能」ということなんじゃないでしょうか?


だから、やっぱり「文明」も「文化」も、人間にとって必要なモノだと思うわけですが、今の時代は、この二つのバランスがちょっとクルッテいて、実際には、ほとんど「文明至上的」な感じがするのに、その反動なのか、取って付けたように、やたらと「文化」をアリガタガッテみたりするようなところもあって、全体としては、不自然な感じがするわけです。


要するに、ほとんど「思考」が停止しっぱなしになっているということですね。
それを”ゴマカス”ように「文化」が使われているということでしょう。


もう少し、自然な感じで「文明」と「文化」の「思考のスイッチ」が、入れたり切ったり出来るように成るといいんじゃないかなと。


そんなことを考えてみました。

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