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「考えること」≠「頭を使うこと」



「考えること」と「頭を使うこと」と言うのが微妙に違うと思っているわけなんです。


よく、『シゴトで動いているから運動なんかしなくても運動不足にならないんだ』と言っている人が居ますけど、たぶん、間違っていますよね。
(「たぶん」です。科学的裏付けなどはありませんので、アシカラズ)

仕事でかなり動いていても、ほとんど「運動」の代わりにはならないと思います。
仕事は「労働」ではあっても「運動」ではないんでしょうね。


それと同じように、「〇〇で頭を使っているから」と言って、「考えている」ということlにはならないような気がするわけです。


たとえば、仕事で頭を使っても、それはほとんどの部分が、「ルーティン・ワーク」であって、その都度、一から考えているというわけではないので、「頭は使っていて」も、意外と「考えてはいない」んじゃないかと思うわけです。


また、それが、仕事以外のことであっても、何かの必要に迫られて考えたことと言うのは、実は、どこかが単純化されていて、「際限なく考える」ということがないわけで、目的さえ達成されれば、それでいいわけですから、「純粋な好奇心」から考えられたこととは違って、意外なほど「単純な思考」しかしていないんじゃないでしょうか?

これは、「必要は発明の母」と言うのとはチョット違うことなんじゃないかと思いますね。
(こちらは一から考えているんでしょうね)


つまり、「考えること」が「脳の運動」に当たるものだとすれば、

「頭を使うこと」は「脳の労働」に当たるものということですね。

だとすれば、やっぱり「労働」では「運動」の代わりにはなりませんから、

「頭を使うこと」では「考えること」の代わりにはならないということに成るのでしょう。


この「脳の運動」が、「体の運動」の場合よりも、もっと区別されていないと思うわけです。

だから、「考える人」が少なく成っているような気がしますね。

「頭を使う人」はたくさん居るみたいなんですけどね。

    ※例えばの話ですが、「脳トレ」と言われているものがありますけど、
      あれは、たぶん「脳の運動」に当たるものということに成っているんでしょうが、
      実際には、どちらかと言うと「脳の労働」に近いものに
      成ってしまっている場合の方が多いような気がします。


現代人を見ていると、むしろ「考えないようにしている」と言う風に見えますね。それなのに、「頭を使っている」から、「考えている」と思ってしまっているんですね。


「頭を使うこと」に追われていて、疲れてしまうので、「考える」ヒマなんてないんですね。

だから、もう少し、脳も体も「ヒマ」にして、考えたり運動したりする余裕を作ってやったほうがいいんじゃないのかなと。

そんな風に思いますね。


まぁ、メンドクサイですけどね。


現代人は「運動」や「考えること」自体よりも、「ヒマ」を作ることがメンドクサイと思っているんじゃないか?と感じることがありますね。

「ヒマ」が「メンドクサイ」のっておかしいですよね。
「ヒマ」って一番メンドクサク”ナイ”ことのような気がするんですけどね。


「考えるヒマもなく働いている」のは、メンドクサク”ナイ”のに、「ヒマ」に成ることは、メンドクサイと思われているみたいですね。


なんとなく、何かを避けているように思えるんですよね。
その為に、忙しくして「ヒマ」を作らないようにしているようにも思えて来るんですね。


まぁ、そういうのは、ウガッタ見方なんでしょうけど、「考えること」と「頭を使うこと」は違うことだと思いますから、頭に「運動」させるなら、無目的に「考えること」がイイんじゃないかと思います。

あんまり実利的な目的をもって「頭を使う」と「考えるヒマ」が無く成って、けっきょく疲れるだけなのかなと。


そんな風にも考えられなくはないですね。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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