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「洗練」とは?



「洗練」されているモノと言うと、「オシャレ」だったり、スッキリして「無駄のないモノ」だったり、そういう「最小限の美」と言うようなイメージがあると思うわけです。

確かに、「洗練」と言う言葉には、そういう意味があるんだと思います。


でも、いまの世の中で、そういう意味で「洗練」が使われているのを聞くと、『ちょっと待てよ』と言う風に感じることがあるわけですね。


「洗練」と言う言葉は、文字から察するところによれば、たぶん、「洗い清めて不純物を取り除いた」とか「鍛錬の末に仕上げた」とか、

とにかく、そういった、、『意外に執念深く、徹底的にネリアゲタ』と言うよな意味があるんだと思うのです。
(よくわかりませんが、鉄の鋳造や、刃物の鍛造からきている言葉でしょうか?)


つまり、そういう「執念」の”アゲクの果て”にたどり着く「最小限の美」なわけで、「そうヤスヤスとはいかないモノ」のハズなんだと思うわけですね。


ところが、この言葉を、今の時代の中で耳にすると、「スンナリト行ったモノ」を思い浮かべてしまうんですね。

つまり、そういう「執念」とか「鍛錬」とは対極的な、「スマートさ」や「上品なセンス」みたいなものですね。


そういうものは、そういうモノで、あってもいいとは思いますけど、チョット、「執念」や「鍛錬」の方が、軽視され過ぎているんじゃないかなとも思うんですね。

世の中から、そういうモノが無く成って、「オシャレ」で「センスのイイ」モノばかりになってしまうと、吹けば飛ぶような世の中になってしまうような感じがして、やや、心もとない気もして、でも、チットモ「洗練」されてる気はしないなと。


そんな風に思ってしまうわけなのです。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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