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「満足度」と「納得度」



よく、企業の宣伝文句で「顧客満足度 NO.1」と言うのを見かけますけど、私の場合、これに似た言葉で「納得度」と言うのを重視しているわけなのです。
(こういう言葉があるのかどうか知りませんけど)


「満足」が提供されれば「満足度」が高く成るわけですが、「納得度」の方は、必ずしも「満足」しなくても、「納得」がいくような、説明や、理由が示されれば「納得度」が高く成るというわけです。


たとえば、「商品のクオリティ」が高ければ「満足度」は上がりますが、「値段」が高ければ、「満足度」は下がりますね。
それから、「アフターケアなどのサービス」が悪くても「満足度」は下がりますよね。


でも、「納得度」だと、たとえ「値段」が高くても、それが「商品のクオリティ」に見合っていれば、「納得度」は高く成るわけです。

それに、サービスの面で不備があった場合、いくら最高のフォローをしても「満足度」は、やや落ちることに成るでしょうが、気持ちよく謝罪してもらったり、原因を丁寧に説明してもらったりすれば、「納得度」としては、むしろ高く成ることもあり得るということですね。


まぁ、一言で言ってしまえば、「納得度」の方が、”やや甘い”ということですね。


で、こういう「甘さ」が、もう少し有ってもいいような気がするわけです。


企業なんかでも、「満足度」を上げようとすると、もう”キュウキュウ”なわけです。
でも、「納得度」ぐらいだったら、そんなでもないんじゃないかなと思うわけですね。

それに、本当に「顧客」が求めているのは、実は、この「納得度」の方なんじゃないかとも思うわけです。

そりゃあ、誰だって「良くて、さらに安い」に越したことは無いんでしょうけど、実際には、大半の人が、「良いモノ」を「見合った値段」で買えれば「十分」なんだと思うんですね。

でも、その辺がなかなか保証されませんから、つい「安いに越したことは無い」となってしまうんだと思うわけです。


世の中全般に、もう少し普通に「納得度」が提供されるように成って行けば、それ程までの「満足度」は求めなくてもいいように成って行くような気もします。


一部の企業だけが、「NO.1の満足度」を提供していても、結局、「満足度」は”一人勝ち状態”の企業にしか提供できないモノでしょうから、結果的に、生活全体の「満足度」が上がるとも限らないわけです。


むしろ、みんなでやれる程度の「納得度」でいった方がいいんじゃないのかなと。


そんな風に思っているわけですが、私の場合、自分の作品制作に対しても、この”やや、甘い”「納得度」でいっています。


見る人の「満足度」を上げるのは、”ちょっと大変”なので、そこは、まぁ、「納得度」ぐらいで、行こうかなと。

一応、自分の中では「満足度」を追究しているつもりですけどね。
そう考えると、「自分の中での満足度」こそ「納得度」に近いものなのかなと。

そんな風にも思いますね。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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