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「思い出」



ときどき、「思い出」って不思議なものだなぁ、と思うことがあるわけです。


昔のことでも、本当に昨日のことのように覚えていることもあれば、完全に記憶が抜け落ちてしまうようなこともあるし、どうでもいいようなことで、すごくリアルに覚えていることもあれば、大事なことや、いつもやっていたことなんかでも「コロッ」と忘れてしまうこともありますよね。


そういう「記憶の不思議」の中でも、一番不思議に思うのは、「イイ出来事」と「ワルイ出来事」が、ほとんど、どれも同じように「イイ思い出」に成ってしまうことですね。


たぶん、そこに「コンプレックス」や「トラウマ」みたいなものが関わっていると、それが、「イヤな思い出」になってしまうんだと思いますけど、そういう特別な「強い負の感情」がない場合は、「イイ出来事」でも「ワルイ出来事」でも、だいたい「イイ思い出」になってしまうような気がします。


『なんで、ワルイことなのにイイ思い出になってしまうのか?』
これは不思議ですねぇ。


本当は、人生で「ワルイ出来事」なんて何も起きていないって言うことなんですかねぇ。

でも、それで、同じ間違いを何度も繰り返したりすることが多いわけですけど、その時には、また、それを「ワルイ出来事」だと思うわけですよね。

だったら、はじめから、「ワルイ思い出」にしておけば、同じ間違いをしなくなるような気もするんですが、どんなもんなんでしょうね。


人間って、本当に懲りない生き物ですよね。


人間は、懲りた方がイイんでしょうか?
それとも、懲りない方がイイんでしょうか?

どっちなんでしょうね。


ナントナク、「懲りた」方が、無駄に疲れるような気がするし、「懲りない」には、「先がある」ような気もするわけですね。
いや、まったく逆なのかも知れませんけどね。


取り敢えず、いまのところ「懲りない人」で行こうかなと思うわけですが、出来れば、反省したり、顧みたりはするけど「でも、懲りない人」っていうのが理想かなと。

そんな風に思っています。

『無理か?』




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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