FC2ブログ

「おそろしく長持ちなモノ」



最近、何かにつけて、耐久性に疑問がある商品が多いと感じる「今日この頃」ですよね。

そんな中でも、世の中には、『コイツは長持ちだなぁ』と思うものも、あるにはあるもんで、そういうモノに限っては、また、「おそろしく長持ち」だったりすることがあるわけです。


私は「消費者的な”ウツワ”」が非常に小さいタイプの人間なので、どんなものでも、品物は長持ちしてほしいと思っているわけです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『それは、貧乏だということですか?』

「いえ、全然違います」

『じゃあ、何なんですか?』

「お金があまり好きではないと言うだけです」

『ああ、なるほど、だいたいわかりました』

「さらに言うと、お金の方もこちらを好きではないようです」

『なるほど、さらに、よくわかりました』

「しかも、まわりの人からは、お金に縁がないヤツと言われています」

『はいはい、要するに貧乏なんですよね』

「いえ、全然違います」

『・・・・・・・ふぅ~、戻るのかよ』 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

まぁ、最終的には、貧乏なんですけど、その辺の所は、「エコロジー」と言うと、なんとなくゴマカセルようなので、一応、「貧乏人風エコロジー」ということでお願いいたします(何を?)。


まぁ、こういった経済的な事情も無いとは言いませんが、私といたしましては、常に「モノ」に「愛着」を感じていたいのです。
つまり、「新品のモノ」よりも「自分に馴染んだモノ」が好きなんですねぇ。


この「愛着」っていうのは、それを所有していた時間とか、使った回数でしか生まれてこないので、やっぱり品物は、出来るだけ長持ちしてほしいなと、常日頃から思っているわけです。


たとえば、絵の道具なんですけど、「筆」にしても、すぐに使えなくなってしまうような「筆」もあれば、『いえいえ、そこまで長く持ちしていただかなくても・・・』と言うような「筆」まであるんですが、そういう「おそろしく長持ちな筆」が「使いやすい筆」であればいいんですけど、必ずしも、そうとも限りません。

「使いにくい筆」が「おそろしく長持ち」だと、嬉しくはないですよね。
なにしろ、ただでさえ「長持ち」なのに、「使いにくい」ということは、当然使いませんから、いつまでたっても、半永久的に存在し続けるわけです。

大して邪魔にもならないんで、捨てもしませんから、いつまでたっても「筆立て」の中に居続けるわけですね。ソイツが。


すると、こともあろうか、いつの間にか「愛着」が発生しているんですねぇ。

ろくに使いもしないのに、長い間目にしているだけで、「愛着」が出てきてしまうわけです。ソイツに。


そうなると、もう、絶対捨てられません。
まぁ、べつに困りませんけどね。


それから、家具とか調理道具とかに「おそろしく長持ちなモノ」が多いような気がしますね。

家具なんかだと、すごく気に入って手に入れたモノでも「長持ち」とは限らないし、何の気なしに、よく選びもせずに買ったモノが「おそろしく長持ち」の時もあったりします。

後になってから、『こんなモノが、実は「一生もの」だったとは!』と言う感じですね。
時には、『なんで、オマエが?!』ということもありますけど、それですら、「愛着」は、シッカリ発生していたりするわけです。


そういうものを、どんどん新しいものに買い替えていくという人は、要するに「消費者的な”ウツワ”が大きい人」ということに成るんでしょうが、私は、出来ないですね。

どんなにイイものでも、「愛着」が湧いてくるまでは、自分の中での位置づけが、どうしても「やや低」になっているみたいですね。
『コイツが、生き残ってきたことが嬉しい!』みたいな感じですか?


調理器具なんかだと、圧倒的にプロ用のモノが「長持ち」ですね。
これは、火にかけて使いますから、耐久性能が高い「プロ仕様」のものに勝るものはないということなんでしょう。


いずれにしても、気に入って買ったモノかどうかよりも、「愛着」が湧いてしまうことの方が、結果的に自分にとっては魅力的なんですね。


だから、取り敢えず、世の中に、「おそろしく長持ちなモノ」が、どんどん増えて欲しいものだなと。
(もう少し、モノが売れなくなってもいいんじゃないかとも思っていますし)

そんな風に思っているわけです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『ということは、やっぱり、貧乏なんですよね?』

「はい」

おぉ~、認めたよ。





関連記事

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


リンクはご自由にどうぞ

QRコード

QR