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「男女の役割分担」について

このブログでも何度も書いているんですけど、私は「差別」が、生理的に嫌いなので、チョットでも「差別的」な匂いがするモノには、
やや、過剰に反応してしまうわけです。

ところが、これも何度も書いているんですけど、「区別」は大好きなんですねぇ。

こう言うと、『実は、自分で気が付いていないだけで、けっこう、差別主義者だったりするんじゃないの?』と言われるんじゃないかと思ってしまうわけなのですが、そう言うわけでもなくて、私の場合、「差別」と「区別」は、むしろ「対極的なもの」として捉えているわけです。


要するに、「区別」がしっかりできていれば、「差別」が生まれにくいと思っているわけですね。
逆に、「区別」がイイカゲンだと、「差別」が生まれやすいということですね。


たとえば、「男女の区別」にしても、最近の傾向として、「男女同権」と言うときに、「男女」の間にチガイがあってはならないという感じがあると思うわけですが、こういうのは、まったくナンセンスだと思ってしまうわけです。


「男」と「女」が違う「性」であることは明確なわけで、そのチガイに基づいて、いろんな「差」が出て来るのは、むしろ当然のことですから、そこに、いちいち目くじらを立てても何の意味もないわけです。

その「差」を埋めて「同じ」にすることよりも、その「差」を尊重し合っていく方が、遥かに意味がありますし、それ以上に、「男女」両方とも”ラク”だと思いますね。


今の社会(日本しか知りませんけど)を見ていると、「女性」が無理に「オトコ」に成ろうとしているように見えてしまうんですね。
さらに言えば、そんな風に”仕向けられている”ようにすら見えるわけです。


いま、社会の中心に近い所で活動している「女性たち」を見ていると、アリエナイくらいに”苛立って”いるように見えてしまうことがとても多いのですが、これは、私のキノセイでしょうか?

そういう「女性たち」が、何も起きていないのに、常に”怒っている”ように見えてしまうし、いつも何かに追われているような、余裕のない感じを漂わせていて、まわりの人に対して、『そういう自分の状況を察しろ!』と要求しているように見えてしまうわけなのです。


これは、たぶん、無理に「オトコ」に成ろうとしていて、しかも、それが自分の望んだことだと思い込んでしまっているからなんじゃないかと思うわけです。


これは、決して、『女性はオトナシク家事をしていればよかったんじゃないか?』ということではなくて、すべてが、「オトコ」であることに合わせるように仕向けられているということが問題なわけです。


「オトコっぽく」仕事をこなせる「女性」がエライのではなく、「男女」を問わず、「その人らしい仕事」を感じさせてくれる人を見ると、誰でも嬉しくなるということなんじゃないでしょうか?


でも、「オトコっぽく」ないと、今の世の中では評価されませんから、それが悔しくて、「オトコっぽく」してしまうというような感じに仕組まれているわけですね。

そして、さらに、そういうのこそが「カッコイイ女性」なんだと、「できる女」のイメージを刷り込まれてしまっているわけです。


こういった刷り込みは「女性」に限ったことでもないでしょうが、それが自分には合っていない「性」に合わせることだとしたら、そりゃあ、”イライラ”するでしょうね。


「男女」の間に限ったことではありませんけど、いろいろな意味での「役割分担」が見直される必要があるんじゃないでしょうか?

そういうことって、昔話なんかに書いてあることだし、誰でも知っていることのハズなんですけどね。

要するに「お爺さんは山に芝刈りに、お婆さんは川に洗濯に」と言う感じでしょうか?

 ※「芝刈り」と「洗濯」ならまだしも、『お婆さんがチェーンソーをもって大木を
  切り倒しに、お爺さんは家で編み物を』という話だと、やや問題が出てくる
  ような気がしますね。

実は「同じにすること」こそ、最も「差別的なこと」だということが、認識されるべきなんじゃないのかなと。


そんな風に思っているわけです。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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