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「覚えられること」と「覚えられないこと」



人間の脳と言うのは不思議なもので、何の苦も無くスンナリト「覚えられること」と、何度聞いても頭に入らないような「覚えられないこと」があるわけです。

で、「覚えにくいこと」が「覚えられないこと」なのかと言うと、そういうわけでもなくて、いくら「覚えやすい簡単なこと」でも「覚えられないこと」は、まったく「覚えられないこと」のままだし、「覚えにくい難しいこと」の中にも、スルッと「覚えられること」もあるわけです。


たぶん、こういうことの中で一番多いパターンは、好きなことだとすぐに「覚えられる」し、興味のないことだと、いつまでたっても「覚えられない」っていうことなんでしょうね。


そう考えると、要するに、「覚えられないこと」っていうのは、「覚えたくないこと」で、尚且つ、「覚える必要もないこと」で、さらには、「覚えても、どうせすぐに忘れてしまうこと」なんじゃないかなと。


そうだとすれば、「覚えられること」の方こそが、「覚える価値のあること」って言うことに成るわけですね。

それじゃあ、スルッと簡単に「覚えられること」だけ「覚えればイイ」って言うことで、すべて、いいこと尽くしということですね。


少なくとも、自分にとって「価値があること」っていうのは、人間は簡単に覚えてしまうくらいの能力を持っているんじゃないかと思うわけです。


だから、「覚えられないこと」が「覚えられない」なんてどうでもいいことなハズで、それなのに、「覚えられないことを覚えること」に価値を求めるのってどうなんでしょうね?

少なくとも、今の学校教育は、主に、そういうことで成り立っているわけですけど、それでは、若い時期の貴重な時間を、あまり意味のないことに費やしてしまうような気がしますね。


そういうのは、時間の無駄のような気がします。
それが、チョット行き過ぎているような気もします。


「覚えること」がいけないというよりも、「覚えること」にばかり時間が使われていて、「考える時間」が全く無く成ってしまっていますね。


「覚えること」よりも「考えること」を重視した教育が見直されるべきなんじゃないのかなと。


そんな風に思うわけです。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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