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「変わり者」と「変わり者じゃない者」



「変わり者」っていうと、あまり「いいイメージ」ないですよね。
でも、私といたしましては、「変わり者じゃない者」の方が、よっぽど「いいイメージ」ないわけです。


そもそも、「変わり者」っていってますけど、本来、「人間」って、全員「変わり者」であるハズなわけです。

その人が、その人自身の本来の姿であればあるほど、他の人から見たら「変わり者」に見えるハズなわけで、そんな中で、「変わり者じゃない者」が居るとすれば、それは、どこかで無理をしているということなわけですね。


日本人のような「農耕民族」は、「集団意識」が強いですから、「変わり者」を嫌うんでしょうが(一応そういうことに成っているという程度のことですけどね)、そうやって、無理に他人に合わせていくような社会には、もう限界が来ているんじゃないかと思うわけですね。

それでも、まだ、「変わり者じゃない者」達は、「変わり者」を排除しようとしますから、そういうことが、さらなるヒズミを生み出してきているわけです。


そして、常にそういう歪んだ力が働いていますから、「変わり者じゃない者」達は、より一層「集団意識」を強固にして、数のチカラで「変わり者」を排除して、「変わり者じゃない者」だけの均等な世界を作ろうとするわけです。

ところが、「変わり者じゃない者」も、本来は、どこかが少しは「変わり者」なわけですから、「変わり者じゃない者」同士の間でも、ほんの少しの「変わり者」が見つけ出されて、それが、また、排除されていくというわけです。


これが、いま起きている「イジメ」の構造じゃないでしょうか?


もう、現在の世の中に置いては、「農耕民族的な集団意識」は、「百害あって一利なし」とまではいわないまでも、確実に、「利益」よりも「不利益」の方が大きくなっていると思うわけです。


だから、もう、「変わり者」と言う言葉を、「いいイメージ」に変えていったほうがいいんじゃないかと思うわけですね。

「個性的」っていう言葉もありますけど、こちらは、「変わり者じゃない者」公認の「個性」に限定されますから、本当の意味での「個性」でも「変わり者」でも、全然ないわけです。


そういうわけで、

もう、「個性的」なんて言葉はやめて「変わり者」でいこう!

そんな風に思っているわけです。



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