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「芸術とのかかわりが要求される社会」とは?



今の社会においては、「芸術」と言うモノは、誰でも自由に創作したり、しなかったり、また、誰でも自由に鑑賞したり、しなかったりするモノということに成っているわけですよね?


これは、一見すると、自由でいいようにも見えるんですが、こういう「自由」に、時として「疑問」を感じてしまうわけなのです。


何が言いたいのかと言うとですね。

要するに、「芸術」というモノは、人間にとっても社会にとっても必要不可欠なものだと思うわけです。
それを適当に『やってもやらなくてもいいですよ』なんて気軽に言ってもいいんだろうか?と思ってしまうわけなのです。


なにも、「芸術」に限った話ではないですけどね。
「哲学」も必要不可欠と言えるでしょうね。

もちろん、他にもたくさんそういう分野はありますが、この二つは、重要性とはあまりに裏腹に、軽視されていると言わざるを得ないでしょうね。

だとしたら、『やってもやらなくてもいいですよ』って”言っちゃダメ”なんじゃないかと思うんですけどどうなんでしょう?


少なくとも、日本の「教育」における「芸術」や「哲学」の占める位置は、あまりに、「適当」で「不均等」で「放任」ではないかと思うわけです。

たとえば、高校までは、「哲学」の授業なんてほとんどないでしょうし、「芸術」に関しても、極めて「適当」に扱われていて、『絵?描くなら描けば?』みたいな感じがあるのは否めないでしょう。

「音楽」についても、また、シカリですね。


私は、人間が社会の中で生きていくのに「最低限必要な芸術」や「最低限必要な哲学」というのがあると思うわけですね。

つまり、「社会的な道徳」や「最低限の法律的な知識」などと同じように、「最低限必要な芸術」や「最低限必要な哲学」もあるんじゃないかと思っているわけです。

そして、それが、ぜんぜん足りていないように思うということですね。


当然の結果として、現代社会には「芸術」も「哲学」もないモノが、あふれています。


実用的だけど、ちっとも人を幸せな気分にしないモノや、非常に効率的だけど、まったくもって美しくないモノや、なかなか”オサレ”だけど、人の心にゼンゼン響いてこないモノなど、一言で言ってしまえば、ドウッテことないモノですね。
(「オサレ」=「オシャレ」のオシャレじゃない言い方)

いや、そういうのだって、必要だと思います。
でも、そうでないものがあまりに少ないっていうのは問題だと思うわけです。


だから、もう少し、「一般的」・「平均的」・「義務的」に、人間の「芸術」や「哲学」とのかかわりを、社会が要求していった方がいいんじゃないかと思っているわけです。


最後の「義務的」と言うのに引っ掛かりを感じる人もいるでしょうが、「教育」だって「義務化」しているから、これだけ「均等性」を保っていられるわけで、「義務」でなかったら、つまり、「やってもやらなくてもいいですよ」と言っていたら、未だに、「読み書き」ができない人が居るというようなことに成ってしまうでしょう。


『それで何が悪いんだ?』と言われてしまえば、それまでですが、現にそうなったら、そう言っている人自身にも、何かしら「困ること」が出て来るというのも、また、現実なんじゃないでしょうか?


それと同じように、この「便利な文明社会」には、潜在化していて、見えにくくなっている「困ること」が、意外とたくさんあるように思うわけですね。

だからと言って、もちろん、みんな芸術家に成った方がイイと言う話ではなくてですよ。

むしろ、それとは逆で、「芸術」や「哲学」のようなものの知識を詰め込む必要なんて、まったくないと思います。
ただ、「芸術」とはどんなもので、どういう必要性があるのか?というようなことを学ぶこと、それから、「哲学」を通じて、「考えることを考える」と言うようなこと、そして、この二つがどういう風に社会の中で機能しているのかというようなことを知ること等は、好むと好まざるとに関わらず「文明化した社会」の中で生きるために必要不可欠な要素であって、それを「社会」の側から要求することは、そんなに悪いことでは無いような気がするんですがどうでしょうか?


でも、これは、あくまで「義務」ではあっても、「強制」とはチョット違いますから、それでも、『やらないよ』と言う人は、やらなくてもいいんじゃないかと思います。

それは、「教育」だって同じことでしょう。

ただ、「社会」の側が『やらなくても、やっても、どっちでもいいですよ』と言ってしまうのは、何らかの「放棄」を意味するだけなんじゃないのかなと。


そんな風に思うわけですね。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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