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「ブログの起承転結」



「ブログ」という文化(?)が生まれてから、どれぐらい経つんでしょうね。


私は、パソコンをいじり始めたのも、普通の人よりだいぶ遅い方だったし、いじれるようになってからも、この「ブログ」を始めるまでは、ほとんど「ブログ」を読んでいなかったので、その辺のところはよくわからないんですけど、世に出て来てから二十年前後、一般に普及してから十年前後と言うところなんでしょうか?

ということは、やっぱり、まだ歴史が浅いといえるんじゃないでしょうか?

だから、仕方がないことなのかもしれませんが、「モデル」がないんですね。
つまり、「ブログ」とはこんな風なモンだよ、という「モデル」ですね。


いや、「ブログ」の「形式」とか、「デザイン」とか「記事内容」とか、そういった話じゃないんですよ。
どちらかと言うと、「ブログの生涯」に当たることですね。

つまり、「ブログ」っていうのは、だいたい、こんな風に始まって、こんな風に展開していって、こんな風な終わり方をするモンなんだというような、「ブログの起承転結」に当たるモノが、まだ示されていないような気がするわけです。


他の方の「ブログ」を読むように成って、なんとなくわかりましたけど、「ブログ」を書いている人たちって、けっこうチャント書いてる人が多いような気がしますね。

人気がある「ブログ」でも、人気がない「ブログ」でも、今のところ、私はその辺にあまり差は感じませんね。


もちろん、書き始めてすぐにやめちゃう人なんかも多いんでしょうが、それはそれで、チャントやろうとした結果なんじゃないかなっていうような気がしてしまいますね。

とにかく、読んでいて、『この「ブログ」は嫌だな』っていう「ブログ」に当たったことは一度も無いと思います。
(当たってないだけなのかも知れませんけどね)
短い期間で、更新しなくなってしまった「ブログ」なんかでも好印象のモノはけっこうありますね。

その割に自分の「ブログ」が人から『嫌だな』って思われていることが、それなりにあるみたいなので、いつも悲しい気持ちでいますけどね。


それはともかくですね、皆さん「ブログ」に何かしらの可能性を感じて、始めるんじゃないかと思うわけです。


私の場合は、自分の「芸術に対する姿勢」を示して置きたかったんだと思っています。
だから、その「姿勢」は「芸術」をやって行く限り、変化しながらも生涯持ち続けていくことに成るでしょうが、それと、この「ブログ」を一生書き続けるというのはだいぶ違う話だとも思うわけですね。


いずれにしても、みなさん、それぞれに目的があって「ブログ」を始めるんだと思います。

それなのに、先行きがどうも不透明と言うか、これから自分の「ブログ」はどうなって行くのか?とか、あるいは、「ブログ」って、何時どんなふうにやめればいいんだろう?っていうような、展開や終末がよくわからないんじゃないかと思うわけです。


つまり、「起承転結」が見えないんですね。

そういうことで、やめてしまったりする人なんかも、結構多いんじゃないかと思うんですね。
『えー!?これ、死ぬまで書き続けなきゃいけないの?じゃあ、もういいわ!』みたいな感じですかね。

実際、結末みたいなものをハッキリと示した終わり方をしている「ブログ」は、今のところ見た記憶がないですね。
ナントナク終わってしまったんだろうな、と言うような感じで終わっていることが多いような気がします。

もしかしたら、また書くつもりなのかも知れませんけど、その時見た人にとっては「終わってるんだな」ということに成るでしょうし、その後、、書き始めたとしても、またその終わり方に成るんだととすれば、いつ「結末」がついているのかは、けっきょく、いつまでたってもわからないまま、ということになるわけです。


それに、今は、短い期間でやめてしまった「ブログ」は、なんとなく、価値が低いみたいな見方がされているような気がするんですけど、要するに、『根気がない!』とか『たいしてやる気なかったんでは?』みたいな感じですか?

でも、少ない記事でも内容のある「ブログ」だってあるでしょうし、長くやっているからと言って、それがすべてでもないんじゃないでしょうか?


確かに、日々更新され続けていくことは「ブログ」の特徴の一つだとは思いますが、『それだけでもないよな』とも思うわけですよね。
それに、『一生続けるっていうのも、どうなんでしょうね?』っていう感じもありますよね。


要するに、必ずしも「長く続けた」=「エライ」でもないでしょうし、「短い期間で終わった」=「ダメ」でもないと思うんですけど、どんなもんなんでしょうね?


そういう意味でも、「ブログの起承転結」についての「モデル」があると、私のような「閑古鳥ブログ」をやっている人間にとっては、ちょっとした救いに成るような気がします。


つまり、長く続けるにしても、そのうちいつかやめる時が来るにしても、そのパターンが「例」として示されていると、やや気が楽なわけですね。


だからと言って、それに乗っかって続けようとか、やめようとかって言うことでもないんですけどね。
まぁ、こういうパターンが普通っていうのがあると、少し安心なんですね。


例えばの話、書くことが無く成った時に、「ブツッ」って止めるっていうのはどうも気が進まないし、逆に、いつまでたっても書こうと思えば書けるから、なんとなく続けていくっていうのもどうかと思うわけですね。
(この「ブログ」には後者の傾向が出てきています)


今は、そのどちらかのパターンが多いような気がしますね。


私としては、ある程度の記事を書いたら、その「ブログ」に区切りをつけて、また、しばらくして書きたいことが出来たら、違う「ブログ」を立てるというのなんかもいいなと思うわけですね。

そういうやり方をしている人もいるんでしょうけど、私の場合、そうまでするほど、ネット関連にアクティブな方でもないんで、せいぜい、作品を展示する場所と、記事を書く場所を分けるぐらいでしょうか?


でも、今のところ、自分のスタイルを確立するのに手いっぱいで、作品の展示まで気が回らないし、『まぁ、このマンマなんとなく続けていれば、取り敢えずいいか?』と成ってしまうわけです。
(その前にデジカメとかも持ってないし、使い方もわかんないんですけどね)


その辺の「起承転結」をつける「型」があると、続けるにしても、どこかでやめるにしても、また、その「型」通りにやるにしても、「型」を破るにしても、何かしらのよりどころに成るんじゃないかと思うわけですね。


個人の「ブログ」って、書いている人の「人生」に密着しているので、「起承転結」がつけにくいんじゃないかと思うんですね。
極端に言うと、、『死なないとやめられない』みたいな、それで、やや「ダラダラ」な感じに成りがちなんじゃないかと思うわけです。


今はまだ、「ブログ」から、何らかの「利益」を得ている人の「ブログ」についての「型」しか示されていないと思うんですよね。

つまり、「利益」が無く成ったら「オシマイ」っていう「型」ですね。
「利益」が出ていれば「延々と続ける」って言う「型」でもあります。


でも、私は、「利益」と関係ない所で運営されている「ブログ」こそが、「ブログらしいブログ」なんじゃないかと思っていますから、それは、つまり「個人のブログ」って言うことに成るでしょうし、どちらかと言えば「カリスマ・ブログじゃないブログ」って言うことに成るでしょうから、

そちらの「型」=「モデル」も示されていてほしいなと思うわけです。


そんなわけで、できれば、FC2などのような「ブログ」を運営している会社の側で、そういう区切りをつけてくれるようなシステムがあるといいんじゃないの?と、都合のよいことを思ったりもするわけです。


つまり、一定の期間が過ぎたら新しい「ブログ」に乗り換えるように誘導するような仕組みとか、或は、一定の期間が過ぎた「ブログ」をそのまま続ける場合は、有料に成るとかですね。

新しい「ブログ」にすることでまた無料期間が延長されるという感じですね。


そんなことで、「ブログ」の世界が新鮮さを保てるということもあるんじゃないかと思うわけです。

それに、その「区切り」でやめた人なんかも、「どこか後ろめたい感じ」みたいなものを持たないでやめることが出来るんじゃないかと思います。


そして、その「区切り」まで、ある程度のペースで更新を続けた「ブログ」が、つまり、「無事終末を迎えたブログ」がですね、もう少し「残されていく」ようなシステムがあるといいんじゃないかとも思いますね。

今は、子供のおもちゃ箱のように、どんどん放り込まれていくだけなので、『残っていても、残らない』みたいになってるような気がします。
と、さらに都合のよいことを思ったりもするわけですね。


そういうことで、「ブログ」と言うメディアが実体として、確かなものになって行くんじゃないかと思うわけですね。


今は、「ブログ」から利益を得ている人以外では、「ブログ」っていうものが無く成って、すごく困る人も、すごく寂しいと思う人も少ないような気がしますね。
(なくなれば寂しいんでしょうが、すぐ慣れてしまう人の方が多いような気がしますね)

つまり、実体感が、やや希薄なんですね。


こんなこと言ったら怒られるのかもしれませんけど、一部の人を除いては、『あるから、やってる』みたいな感じですか?
そういう人が結構多いんじゃないかと思いますね。
(私はそういうところがありますね)


「ブログの起承転結」についての「モデル」が示されると、その辺の目的意識が、もう少し見えてくるんじゃないかなと。


そういう風に思いますね。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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