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『もう「一つのスタイル」では生きていけない?』



人には、それぞれ生きていく「スタイル」みたいなのが、あるんじゃないかと思うわけなんですね。

そして、その「スタイル」が、昔は一つで良かったように思うのですが、今は、一つでは足りなくなってきているんじゃないかと思うわけです。


たとえば、終身雇用制が崩壊しつつある中で(もう完全に崩壊している?)、意に反した転職を余儀なくされている人も多いと思いますし、会社や職業は同じでも、微妙に業務形態が変わってしまたり、また、技術職の人にも「営業努力」が求められるように成ったりと、本人が、もともと選択した「スタイル」の範囲では、カバーしきれないような「生き方」が必要になっているというケースは少なくないんじゃないかと思います。


でも、「生き方」に関する「スタイル」と言うのは、その人の「人生哲学」でもあり、「考え方の中心」になっている部分なんじゃないかと思うわけです。

その「スタイル」を、その時々の状況に応じて、いろいろと使い分けるというのは、その人の中身を、まるごと入れ替えるというのに近いようなことですから、そう簡単にできることでも無いんじゃないかと思うのです。

少なくとも、それができる人とできない人とに分かれてしまうことだけは間違いないことでしょう。


そんな状況の中で、その「スタイルの変換」を、「イイ転機」だと捉えている人も少なくはないと思いますけど、その考え方に、やや無理があるケースも、また少なくないような気がするわけなのです。


本当のことを言えば、やはり、人間の「スタイル」と言うのは、一貫性を持った「一つのスタイル」であるハズなんじゃないのかなと思うわけです。

少なくとも、周りの状況に合わせて、簡単に変えられてしまうようなものでも無いような気がするんですね。


そんな中で、自分の「本来のスタイル」を捨てて、「不慣れなスタイル」で生きていくことを余儀なくされている人も、結構いらっしゃるんじゃないかと思うわけですが、そういう人たちは、「不慣れなスタイル」に転換したところから、少し頭を切り替える必要があるような気がするわけですね。


要するに、「仕事」でも「生活」でも、なんでもそうですが、その「不慣れなスタイル」に慣れようとするよりも、それを、自分の人生の中での「主」に置くことをやめてしまえばいいような気がするんですね。

つまり、「仕事」が「主」だった人でも、「仕事」において、その手の変換を余儀なくされたときには、「仕事」を「主」から外して、「副」にした方がいいんじゃないかと思うわけです。


他のことを「主」に設定するにしろ、しないにしろ、取り敢えず「仕事」を「主」からは外してしまったほうがいいんじゃないかと思うわけですね。

そこで、ほとんどの人が、「主」に設定するようなものが思いつかずに、ナントナクそのまま「仕事」を「主」にとどめてしまうんじゃないかと思うんですがどうなんでしょうか?

そうすると、どうしても「不慣れなスタイル」の中でキュークツな思いをする羽目に成るような気がします。
そうではなくて、変わるものが何もなくてもいいから、取り敢えず、そこを切り替えてしまった方がイイと思うわけですね。


要するに、「仕事」を「どうでもいいモノ」の一つに混ぜてしまうということですね。

これは、「仕事」に限ったことでも無くて、生活形態なんかでも、同じだと思うわけですね。


たとえば、「専業主婦」や「主婦業メイン」の人なんかでも、最近の社会的な状況では、「仕事メイン」にチェンジするケースも増えていると思いますけど、そうなったときには、ちょっと頭を切り替えて、「手抜き主婦」に成ったほうがいいような気がするということですね。


要するに、男性では「仕事」、女性だと「子育て」と「主婦業」と言うのが、なかなか捨てられないモノの典型だと思うわけですね。


それらを、捨てたり、いい加減にしたりすることで、自己のアイデンティティを失ってしまうような気がするんだと思います。


そういう「喪失感」にいたたまれなく成って、不慣れな仕事でも、全力で取り組もうとしたり、仕事もしながら「子育て」や「家事」も完璧にこなそうとするから、どうしても”イライラ”して、そのイライラが周りに伝わってしまうということに成るんじゃないでしょうか?


それだと、頑張った割には、「仕事」や「母親」とか「主婦」と言ったアイデンティティも結果的に、守られないわけで、そんなことなら、いっそのこと、「清水の舞台から飛び降りる気持ち」で、そういう「主」だったことを「副」にしてしまった方が、少し「マシ」なんじゃないかなと思うわけですね。


ここで、「主」と「副」を入れ替えることこそ、「スタイル」を変えることだと思ってしまいがちなんですが、じつは、「主」と「副」を入れ替えることよりも、むしろ、「主」の中で「納得のいかない生き方」を強いられるということの方が、より大きな問題なんじゃないかと思うわけです。


単純に言って「副」だと気が楽なんですね。

それから、そうやっているうちに、自分にとっての「本当の主」に当たるモノが見えてきたりすることもあるんじゃないかなと思ったりもするんですがどうなんでしょうね。


まぁ、いずれにしても、今の世の中「一つのスタイル」だけでは生きていけなくなってきているということは、マイナスばかりでもないんじゃないかと思いますね。

自分自身のことを考えても、そうやって「スタイル」を変化させたり、「主」と「副」を入れ替えたりしているうちに、いろいろなことを学んでいるような気もします。
(かなりいろんなことをやって来てますんで)


まぁ、その割に、さほど進歩しないですけどね。
進歩するのっていうのは、けっこう大変なんだと思います。
でも、変化するだけだと、そんなに大変でもないんじゃないかなと。
(というか、「変化せずにいること」は不可能ですから)

だから、変化することを、なるべく気楽にできるようになれば、少しいいんじゃないのかなと。


そういう風に思うわけですね。





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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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