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「自明のこと」について



「自明のこと」というのがあると思っているわけです。
つまり、「人間が先天的にわかっていること」ですね。

「あると思っている」と言いましたが、本当は「あるということにしている」と言った方がいいと思います。


少なくとも、全ての話は、この「自明のこと」がないと始まらないと思うんですね。

何かを考えていって、最後に行き着くところに、この「自明のこと」がないと、どこまで言っても、話に終わりがないということですね。

しかも、終わりがないだけではなくて、始まりもないわけで、どんなことを言うにしても、何らかの基準を持って語られていないことと言うのは、ほとんど意味をなさなくなってしまうように思います。


本当のところを言えば、この「自明のこと」自体も、やや「無理矢理」な感じなんでしょうけど、それがあるということにしておかないと、何も話すことが出来なくなってしまうので、仕方がないと言ったところでしょうね。


たとえば、『なぜ、人を殺してはいけないのか?』と言う問いに対して、『自分も殺されたくないから』と答えれば、『じゃあ、殺されてもいいと思えば、殺してもいいのか?』と言うことになります。

また、『人の命はとても貴重なものだから』と答えれば、『じゃあ、人口が増えすぎた場合は殺してもいいのか?』ということに成ります。


つまり、こういうごく当たり前のように思われていること一つですら、なんの基準もなく、論証したり、説明したりすることは、非常に困難なことであって、それは、困難と言うよりむしろ、不可能と言ってもいいくらいなわけですね。


つまるところ、『人を殺してはいけない』ということは、初めから決まっていることだと言って、どこかで割り切るしかないわけですね。

そこを覆しての議論程意味のないものはないので、やめた方がイイということですね。

また、そこから先の議論の方にこそ意味があるので、そちらに力を使いましょうよということでしょうね。


つまり、ここだけは理屈抜きで決まっていることということにしてもいいんじゃないか?ということですね。
そういうことを設定することで、「思考」や「論理」は、楽しむものに成り得ると思います。


反対に、そこをナイガシロにしてしまうと、「思考」や「論理」は、ただただ、うっとうしいだけのモノになって行ってしまうでしょう。


そんなわけで、「自明のこと」ぐらいは、最初から決まっているということでいいのかな?


そんな風に思っています。




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