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「芸術」の競争



現代社会においては、競争と言うと、自由競争とか切磋琢磨といった、前向きなものとして、捉えることが前提になっているように思います。

競争から離脱することは、「ドロップアウト」または「後ろ向き」という扱いになるわけですね。

でも、実は、競争がそういう前向きな作用を持っていた時期はもう過ぎてしまって、競争が「足のすくい合い」になっているように思うのです。

たとえば、「ものづくり」において、物を作る企業や芸術の創作者のような人が、自社製品や自分の作品の向上を競い合っているというよりも、競争相手や、場合によっては消費者や鑑賞者の足元を掬ってひっくり返してやろうというような、そんな人の裏をかくような意図が、そこに入ってしまっていることがあると思うわけなのです。

そして、さらには、そのような意図を含まないものが、その競争の中で振い落されていくような仕組みができ上がってしまっているように感じるわけなのです。

例えば、企業が耐久性の優れた製品を作ってしまうと、その製品の買い替えのサイクルが長くなって儲からなくなるというような理由から、むしろ、適度に長持ちしない製品を作ることに力を入れていたりすることが、、当たり前のように成りつつあることは、「ものづくりの崩壊」であって、ちっとも前向きな競争や自由競争なんかではないように思うわけです。

まして、それと同じようなことが「芸術」の分野で行われているとしたら、「究極のものづくり」ともいえる「芸術」において、「ものづくり」が崩壊してしまっているということに成ります。

そして、これは、経済市場においてそうなったから「芸術」もそうなっただけではなくて、むしろ、「芸術」がそうなったから、それによって他の分野でも同じことが起きてきたと言う面もあるのではないか?と私は思っているわけです。

こう言うと「芸術」を買い被っているように聞こえるのかもしれませんが、近代以降の「芸術」は、そういうことのために設定されている分野でもあると思いますから、そんな風に考えてしまうわけなのです。

だから、競争の原理から離れなければ始まらないと思うわけです。
その過程で「捨て石」になる者が求められるように思いますが、その「捨て石」を生かせるところまで人間が成熟しているのかどうかが問われているように感じてしまうわけなのです。





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