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「伝えようとするメッセージ」と「伝わってしまうメッセージ」



子供っていうものは、なかなか親の思うような子にはなってくれないものなんだと思うわけです。
自分のことを考えても、親の思うような人間に成ろうと思ったことなどなかったような気がしますね。


とは言え、子供が育つ過程で一番影響を受けているのはと言うと、やっぱり、間違いなく「親」なんだと思うわけです。
それなのに、なんで「親」の思ったような人にならないんでしょうね?

親が子供を教育する時に、「こういう子供になってほしいな」と言うようなことを思うわけですが、必ずしも「そういう子」に成らないということは、つまり、「伝えようとしたメッセージ」は伝わらずに、それとは違う「伝わってしまったメッセージ」があったということなんでしょうね。


要するに、「言葉」で伝えようとしたことは伝わらずに、「親自身の行い」が伝わってしまうということなんじゃないでしょうか?


この「親の行動をマネる」と言う「成長のパターン」は、かなり「人間の本能」に近いものなんじゃないでしょうか?

実際、一見すると「親」とは違う「行動パターン」を持っているように見える人でも、その考え方や、行動の本質的な部分では、ほとんど例外なく「親」をマネていると言ってもいいんじゃないかと思いますね。

少なくとも、成長の過程で「親をマネる」ということから外れている人は、非常に稀な例だと思います。

実際は、大人に成ってからですら、「親の行動パターン」を抜け出して、「自分の行動パターン」を生み出していく人は、そんなに多くは無いような気もしますけどね。


いずれにしても、「親の行動」が「伝わってしまうメッセージ」に成るんだとしたら、「言葉で伝えようとするメッセージ」って意味あるんですかねぇ。


どうも「教育」と言うと、こちらの「言葉による教育」がメインに成っているようですけど、それが、ほとんど「伝わらないメッセージ」なんだとしたら、そんなにバカバカシイものはないと思うわけです。

どうせ伝わらないんだったら、いっそのこと、そちらはやめてしまったほうがいいような気もします。
そうすることで、「親」自身にも「子供」にも、「親の行動」がどんなものなのかということが、よりハッキリと浮き彫りになってくると思うわけです。


たとえば、「親」が「子供」に対して、『犯罪者に成ってはダメだよ。社会のルールは守らないといけないよ』と言っても、そこで、紙くずを「ポイッ」と投げ捨てれば、伝わってしまうのは「ポイッ」の方ですね。

それを、「子供」がちょっと発展させていけば、犯罪者にだってなりかねません。
(発展させるかどうかは、「子供」次第ですけどね)


でも、そこで、「言葉で伝えようとした部分」がなければ、つまり、何も言わずに、ただ単に「ポイッ」と言う行動だけがそこに在ったら、「親」自身にとっても「子供」にとっても、その行動の意味がはっきりせざるを得ないわけです。

当然、「子供」は「ごみを街中に捨ててもいいのか?」と聞いてくるでしょうね。
そこで、「親」としては、自身の行動を律していかざるを得なくなるわけです。


ところが、今は、「言葉による教育」と称して、「親」が「自分の行動」のイイワケをしてしまっているように見えるわけです。

どっち道、「伝わってしまうメッセージ」は「親の行動」の方だと決まっているわけですから、「行動」の方を改善することに力を使った方が、少しはいいんじゃないのかなと。


とは言え、「行動」を改善することなんて、ほとんどできませんから、まぁ、そういうときは、『すまん!お前は、私よりもう少し立派な人に成ってオクレ!』とお願いしてみるっていうのが、考えられる中では「マシな教育」なのかなと。


そんな風に思っているわけです。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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