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「必然」よりも「偶然」:「偶然性の時代」



ちょっと前までは、「偶然」と「必然」だったら、圧倒的に「必然」の方が「イイモノ」だと思われていたんじゃないかと思わけですが、現在は、それがやや違ってきているように思うわけです。


たとえば、「科学」と言うのを、言い換えれば、自然界に法則性を見つけ出して、「偶然」に見えていたものを「必然」であるように見せるためのモノだともいえるわけです。

ということは、「科学」が「イイモノ」であるならば、「必然」は「偶然」よりも「イイモノ」だということに成るわけですね。

ところが、「科学」=「イイモノ」でも無く成って来た現在、「必然」=「イイモノ」でも無く成って来たということなのかも知れませんね。


人間は長い歴史の中で、自然を克服することをもって「発展」としてきたという面があるわけですが、それが、どうも「頭打ち」になって来ているわけですね。

「科学」は相変わらず「発展」を続けてはいますが、その「発展」が「副作用」を伴うように成ってきたということでしょうね。


つまり、ある段階から、「発展」が「リスク」を伴うように成ってきたわけです。
現在においては、「リスク」のない「発展」などは、もう、ほとんど無いと言ってもいいかもしれないですね。


そこで、「必然」の「有効性」を追いかけることよりも、「偶然」との「出会い」を楽しむ時代になって来ているんじゃないかと思います。


昔から、「偶然」は「エンターテイメント性」を生み出すものとして使われていたと思います。

たとえば、ラグビー・ボールが楕円形をしていることで、「偶然性」が増して、「ラグビー」の「エンターテイメント性」が高くなっているというようなことですね。


スポーツにおいては、あくまで「実力」=「必然」が重視ですが、ギャンブルなどでは、より一層「偶然」が重視されていますよね。
「偶然性」が高いものほど「ギャンブル性」も高くなるというわけです。


現在では、そういった「エンターテイメント」の場だけでなく、「芸術」や「表現」においても、こういう「偶然」との「出会い」を楽しむ時代に成りつつあるような気がしています。


ただし、ここで言う「偶然」は「マグレ」とか「運」とは違うものを指しています。

「マグレ」や「運」は、その人とは無関係のところで起きることだと思いますが、ここで「偶然」と言っているものは、その人の能力や技術とは、関係が薄いんですが、「その人性(そのひとせい)」とは最も深く関係しているモノなんだと思っているわけです。
    
つまり、「偶然」とは言っていますが、「完全な偶然」ではなくて、「選び取られた偶然」であり、「創り出された偶然」ということですね。


たとえば、「スポーツ」において、いくら「偶然性」を取り入れることで「オモシロさ」が増すとしても、「マグレ」や「単なる運」ほど「ガッカリ」なものもないわけです。

「偶然」だと「手に汗握る」に成るのに、「マグレ」だと「ガッカリ」なんですね。


「偶然」と「マグレ」や「単なる運」との間には、そういうチガイがあるように思うわけです。


また、過去においても、「芸術」の場で「偶然」が重視されたことがあったように思いますが、それらは「選び取られた偶然」や「創り出された偶然」と言うよりは、「偶然性を利用した技巧」であったように思います。

要するに、「技巧」が「主」で「偶然」は「従」だったように思いますね。
その「主」と「従」の関係を、そろそろ逆転してもいいんじゃないか?ということですね。


さて、話を戻すと、「芸術」などの「表現」においても、「偶然」を楽しむように成って行くんじゃないか?と思うんですが、これは、裏を返せば、このブログで再三言っている『もう天才は居ない』ということにつながります。


常に完璧なまでの「必然」を生み出せる人が「天才」ですから、その「必然」に価値が無く成ってしまったのであれば、「天才」であることに意味はないということに成るわけですね。


これからは、「天才」であっても「凡人」であっても、同列に並べられる時代に成って行くんじゃないでしょうか?


そう成った時には、意外と「天才」の方を好む人ばかりでもないんじゃないのかなと。

そんな風に思ってみたりもするわけです。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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