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「芸術表現」の「多重化」(つづき)



前の記事からの続きに成ります。


「芸術の多重化」については、いろいろな形が考えられると思います。

前の記事で書いたように、私は、表現形態自体をミックスすることには積極的ではないんですけど、それも、人それぞれだとは思いますから、そういう意味も含めて、ありとあらゆる「多重化」が考えられると思うわけです。


そちらの、「多重化」は、いろいろな方向で試行錯誤されているようですが、私にとっての「多重化」は、それとは少し違って、限られたメディアの中での「多重化」に成ります。

さらに言えば、「既存のメディア」にこだわりたいという意識があります。


私の場合は「絵画」ということに成りますが、「多重化」に当たって、「額」を自作することを念頭に置いています。


私の場合、この「額」についての発想が先にあっての、創作衝動だと言ってもいいくらいなんですね。
つまり、「額」と「絵画空間」の重なりが見えてきた時に、『自分の作品を創りたい!』と思うように成ったというわけなんです。


もともと、私も「自分の作品を創りたい」と言う気持ちから「絵」を始めたわけですけど(私の場合30歳の時、絵を始めました)。

その後、たまたま「装飾美術」の仕事をすることに成って、いつの間にか、そちらに行ってしまって、「自己作品」のことが、おろそかになってしまったんですね(と言っても、ほとんどの期間は専業ではなくて、他の仕事もしてましたけど)。

そして、いつの間にか、『まぁ、ムキになってまで自分の作品を創らなくても・・・・』と言うところですね。


でも、そんなことを二十年近くもやってから、ようやく『なにか”コレ!”と言うものを残してから死にたいもんだなぁ』と漠然と思うように成ったわけです。


その時に、なぜか出てきたのが「額」なんですねぇ。


現在は、試行錯誤の結果、「絵の中での多重化」と「額の中での多重化」と言う二つの発想になっています。

さらに、「額の外の多重化」についても一応考えていますが、外に向かって広げていってしまうと際限がないので、考えるだけにとどめています。

 ※この「額の外へ向かう」と言う表現形態を時々見ることがありますが、今までに
  私が見たことがあるものは、結果的に「表現形態」を重ねていることが多く、や
  はり「スペース」を広げてしまっているように思いました。
  私の目指すところとしては、「スペース」を広げた分以上に、「多重化」していか
  ないと「密度を高めること」にはならないので、「外に向かう」というだけでは足
  りないかなと思っています。
  「外に向かった」場合は、その外へ拡散する力を引き戻して、中心に向かって圧
  縮するようなベクトルを持った多重化が必要に成ると思っています。


まず、「絵の中での多重化」ですが、「絵画空間」の中に「枠」を作ることで、「額」とは違った意味での「枠」を設定することが、「が、絵の中でも多重化」に成ると思っています。

ただし、この「絵の中の枠」を、完全に装飾的な「枠」にしてしまうと、「額」と似た様な意味になってしまいます。
それも「多重化」には違いないんですけど、「絵の中の多重化」と「額の中の多重化」を分けることで、その「多重化」同士の「多重化」が創り出せればと思って、なるべく、完全な装飾にならないようにしようと心がけています。


現在は、その「絵の中の枠」の中の絵画空間で、もう一段「多重化」したいというところで、止まっている段階ですね。
要素が多く成りすぎて、スペースが足りなくなるんですね。


そして、「額」の方ですが、こちらは、まだ、ロクなモノが出来てもいないので、構想だけの段階ですが、現時点で、一応、「二重額」と言う構想を持っています。

はじめは、一つの「額」で十分だと思っていたんですけど、それだと出来ることが限られてしまうので、ここでも「多重化」することに成りました。


ここで、「額」と「絵画」を両方とも「表現形態として使うことは、前の記事に書いた、「表現形態の交配」に当たるんじゃないか?と言う問題があるわけなんですね。

確かに、そういう考え方もあると思います。

しかし、「額」は表現形態と言うよりは、「絵画」の「枠」であって、「絵画の世界」を「外の世界」と区切る「境界線」でもあると思っていますので、それ自体が「純粋な表現形態」ではないと考えています。


そして、その「枠」である「額」に表現としての意味を与えるということも、一種の「多重化」なんだと思っています。

つまり、「境界としての額」と「表現としての額」が「多重化」することで、「絵画」を外の世界から「隔てる機能」と、「絵画」を外の世界と「つなげる機能」を、合わせた「枠」としての「多重化」ができるんじゃないかと思っているわけです。


まぁ、こんな事が、今私がやっている「多重化」ということに成ります。  

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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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