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「一所懸命」を極める



出来る限り、「一所懸命」を極めていきたいなと思っているわけなのです。


出来れば、いろいろなことで「一所懸命」にやって行きたいもんですけど、全てのことを「一所懸命」にするのは大変ですから、せめて、「芸術」に関することだけでも、「一所懸命」にやって行きたいもんだなと思うわけですね。


前にもこのブログに書いたことがあるんですが、その場だけでも「懸命にやる」のが「一所懸命」で、ずっと「懸命にやる」のが「一生懸命」なんだそうです。
(人に聞いたことなので、言葉の意味としては定かではありませんが)


取り敢えず、私の場合、「芸術」に関することだけでも『懸命にやっていこう!』と思っているということですね。


そして、さらに、最近になって、その「一所懸命」を極めて行きたいなと思うようになって来ているわけなのです。


もともと、私は「天才」と言う言葉ほど”フルクサクて”、”ツマラナクテ”、”クダラナイ”物はないと思っていますから、「才能」でやっていこうということは、微塵も思わないわけです。


それじゃあ、ナニでやって行こうか?となると、「一所懸命」でしょ!ということに成るわけです。
そして、どうせだったら、「一所懸命」を極めていこう!と思うわけですね。


そういう気持ちでやっていると、

「才能」の占める割合なんて、いかに小さいかと言う風に思えてくるわけです。

 ※この場合の「才能」とは、一般的に「イイモノ」とされているような「誰からも
  賞賛されるようなこと」に限っての「才能」です。
  人から見たら何の価値も無いような「才能」を含めた場合は、話が違ってくる
  でしょうね。
  でも、それを「才能」と呼んでいる人って、ほとんどいないですよね。


『才能が無いよりは有った方がイイに決まってるでしょ!』って言うことが、それはもう、本当に、とても意味がないことのように思えてくるわけですねぇ。

『全然、要らないですねぇ才能』

『いや、無い方がいいでしょ』

そんな感じです。


それに、こんな考え方で、一般人が「才能」なんかと全く関係なく、「芸術」に関わっていけるようになるといいなぁと思っているわけです。


これは、なにも「芸術」に限ったことではなくて、いろいろなことに当てはめて考えることが出来ると思います。

たとえば、「仕事ができる」ということを「エライこと」のように思っている人が、たくさん居ると言うのは、信じがたいことですし、また悲しいことだと思いますけど、「仕事を一所懸命にやる人」だったら、実際に、その人が「エライ」かどうかは別にして、その人を「エライ」と言ってもさしつかえないんじゃないかと思います。


「仕事ができる」と言っている時の「できる」とは、要するに、ちょっと効率がイイと言うだけのことです。

基本的に「仕事」は、誰にでもできるように出来ていますから、そこで「差」をつけるのは、効率ぐらいです。
そのチマチマした「差」を「エライ」と言っていることほど”ツマラナイ”ことはないと思いますし、「出来る、出来ない」に関わらず、「一所懸命」にやっている人を見て、心を動かされないということほど、”鈍感”なことは無いと思うわけです。


「芸術」において、「才能」と言う言葉が、この「仕事が出来る」のような意味になってしまっていて、『才能がなければダメ』とか、『才能が無いよりは有った方がイイに決まってる』と言うようなことに成ってしまっているわけです。
(これは「センス」と言う言葉に置き換えても同じようなことが言えるでしょう)

でも、実際に、人が心を動かされるのは「才能」なんかじゃないですね。
人は、何らかの「ひたむきさ」に心を動かされるんじゃないでしょうか?

ただ、それを、後から「才能」と呼びたがる人が多いというだけのことだと思います。


つまり、「一所懸命」にやって、世間的に認められなかった人を見ると、「才能」が無かったからだといい、「一所懸命」にやって、世間的に認められた人を見ると、「才能」があったからだと言っているだけですね。

でも、それで、「一所懸命さ」に感動する気持ちが見えなく成っていってしまうわけですね。


そんな状況ですから、「一所懸命」にやっていても、必ずしも”トク”でもないんでしょうが、そこの所で「上手くやろう」とは思いませんね。

自分の人生なのに、他人の基準で「上手くやろう」と言う気持ちは、もう無いですね。


そういうわけで、「才能」なんて無くてもいいし、少しでもあるんだったら、誰かに差し上げます。


その代りに、「一所懸命」を極めて行きたいなと。

そんな風に思っているわけです。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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