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「真術」は設定することに意味があったのです



このブログの主題でもあります「宣言文」において、「真術」は芸術の中心にある領域だと規定しているわけですけれど、この「真術」と言う言葉には、私自身も、なかなか馴染めないでおります。

でも、私はそれでも構わないのかなと思っています。
なぜならば、この「真術」は区分すること自体に意味があるものであり、その名称自体は、それほど重要であるとも思っていないからです。

ただ、現在において、あまりに芸術と言う言葉の規定するところが曖昧になっていて、何が芸術で、何が芸術でないのかが、まったく見えなくなってしまっているという状態になってしまっているので、なんとかして、芸術の位置を設定しておかなければ、創作するにも鑑賞するにも何を基準にしていいのかが分からなくなってしまうだろうという考えからこれを区分したわけです。

ですから、「真術」と言う言葉は地図の上に止められたピンのようなもので、『ここが芸術の中心です』」と言う目印に過ぎないわけで、「真術」と言う言葉を無理に使う必要はないと思っているわけです。

つまり、そのような基準で、この「真術」とう概念を区分したということ自体に、少しでも価値を感じていただければと思っているわけなのであります。




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