FC2ブログ

「人が魅了されるモノ」



「芸術作品」を鑑賞する時に、人が惹きつけられているポイントってナニなんでしょうね?
それは、「自分にはないモノ」なんじゃないでしょうか?


つまり、「他者」ですね。
鑑賞者にとって、「自分」は「現実」であって、「他者」=「作者」は「異・現実」だと思うんですね。


そして、人は「自分」=「現実」に親近感を覚えますし、受け入れやすいわけですが、実は、「他者」=「異・現実」に惹きつけられているんだと思うわけです。

でも、惹きつけられてはいても、「他者」ですから、拒否感も強いわけで、抵抗があるんですね。


そこで、「作者」としては、その拒否感を乗り越えるために、より一層、鑑賞者にとっての「他者」であろうとするわけです。

つまり、「作者」が「自分性」を強く出せば出すほど、鑑賞者にとっては「他者性」が強く成るわけですね。
当然、拒否感も強く成るわけですけどね。


そうやって、「作者」の「自分性」が、鑑賞者の「拒否感」を超えたときに、人は魅了されるんだと思います。


そして、そういうやり取りこそが、「芸術の創り出す意味」なんじゃないのかなと。

そういう風に思うわけです。


だから、「自分性」をどこまで出すことが出来るのか?ということが、人を惹きつけるポイントであり、また、「芸術の創り出す意味」でもあるんじゃないかと思うわけですね。

要するに、「自分」を徹底的に見つめて、そこで見出した「自分性」を出来る限り表現していくということが、人を惹きつけることにつながるんじゃないのかなと。


そんな風に思っているわけです。



関連記事

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


リンクはご自由にどうぞ

QRコード

QR