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「芸術」に「肉体」を取り戻す



前の記事の続きの話に成ります。


現在の芸術に置いて、「抽象表現の目的」とは何なんだろうか?と言う話だったわけですが、それは、過去に置いて「抽象表現の目的」であったはずの「芸術の新たなステージ」を開拓することと、「芸術の純粋性・精神性」を確保すること、この二つを、改めて、やり直すことなんじゃないかと思うわけです。

そして、そのために必要に成るのが、【「芸術」に「肉体性」を取り戻すこと】なんじゃないかと思っているわけです。

 ※ここで言う「肉体性」とは、「肉体による表現」ということではなく、「芸術
  表現」における「実体感」や「物質性」のようなものです。
  「精神性」を獲得するためにこそ、「肉体性」は不可欠なものだと考える
  わけですね。

もともと、「現代芸術」は、それ以前の「伝統的な芸術」を破壊することから出発したんだと思うわけです。
そこで、あまりに「純粋性」や「精神性」を追究したために、すべてを「破壊」してしまい、「肉体性」=「具体性」を失って、「芸術表現」としての実体を失ってしまったんじゃないでしょうか?

それで、「芸術」が、「肉体を失って彷徨う亡霊」のような状態に成ってしまったんじゃないかと思うのです。


だから、「芸術の20世紀」に置いては、新しいスタイルが頻繁に生み出され続けたにもかかわらず、いつも、実体感が希薄で、どこかしら空虚な感じがあったのは否めないのではないでしょうか?
と言うよりも、その「空虚感」自体が「20世紀芸術」の魅力の一つであると捉えられているともいえるでしょう。


現在に至るまでに、「現代美術」が相当多くの人に受け入れられるように成って来たのは確かなことでしょうが、これまで、「現代美術」が、大多数の人に積極的に支持されたことは、まだないように思うわけです。
要するに、「なんとなく受け入れられるようになった」と言う印象があると思うわけですね。


もし仮に、現在、ほとんどの人が「現代芸術的な表現」を受け入れているとしても、なぜ百年もかかったのでしょうか?


よく言われることで、『現代美術を頑なに拒んでいるのは日本人ぐらいで、他の国の人たちは、とっくに受け入れていますよ!』ということがありますけど、そういう国でも、「現代美術」が受け入れられるのには、かなりの時間を必要としたことは確かなことででしょう。

しかし、そもそも、実体のあるものであれば、こんなに長い時間をかけずに受け入れられていたんじゃないでしょうか?

また、それ以前に、「芸術」というものは、「人の心を一発で虜にするようなもの」であるハズではないんでしょうか?
百年もかけて、やっとわかるものを「芸術」と呼んでいいのでしょうか?
また、「わかる人」と「わからない人」にクッキリと分かれてしまうものを「芸術」と言えるのでしょうか?

これらのことは、全て、「現代美術」が「肉体性」を失っていることに由来していると思うのです。


「芸術の20世紀」初頭に、「芸術」は「肉体」から切り離されて、その後、現在に至るまで、「肉体」を取り戻せずにいるんだと思うのです。
つまり、「芸術」の中の「精神的な部分」だけが切り取られて、「肉体的な部分」が切り捨てられてしまったということですね。


実際、「芸術」の「精神的な部分」を抜き出すことは必要だったんじゃないかと思います。
しかし、一旦抜き出してみた後に、『やはり「肉体」も必要なんだ』ということが認識されるべきだったんじゃないでしょうか?『さて、そこで、「肉体性」で「精神性」をどんなふうに表現したらいいんだろう?』という考え方が必要だったんじゃないかと覆うわけです。


もし、そこで「芸術」が「肉体」を取り戻していれば、その後の「現代美術」は、少しづつ違ったものに成って行ったように思います。
そう成っていれば、「現代美術」が「芸術」に特に興味がない人も含めた「みんな」に受け入れられるのに、百年もかかるというようなことは無かったんじゃないかと思うわけですね。


さて、そこで、「肉体」を取り戻すためには、どうすればいいのか?ということです。


ここで、長くなってしまったので、次の記事に続けます。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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