FC2ブログ

「真面目さ」



なんたって、「真面目さ」が大事だと思うんですよね。
本質的な意味で「真面目さ」が無いようなものって、不要だと思ってしまいますねぇ。


と言っても、「不真面目」が嫌いと言うのとはチョット違います。
「不真面目なもの」が嫌いなんじゃなくて、「真面目さがないもの」が、無意味にしか思えないんですね。


もともと、「真面目」とか「不真面目」って、人間にしかないんじゃないかと思うわけです。

動物は、人間ほどは「論理思考」に縛られていませんから、かなり、本能に忠実に生きていられるわけですね。
だから、行動のほとんどか、すでに遺伝子レベルでプログラムされているわけで、その個体の「真面目さ」や「不真面目さ」が差し挟まれる余地があまりないんでしょう。


つまり、「真面目」や「不真面目」は「人間的」なんですね。
そういう点では、「真面目」も「不真面目」も、だいたい同じようなものなんじゃないでしょうか?

要するに、両方とも同じくらい「人間的」な感じがするわけですね。


ところが、「真面目さがないもの」については、あまり「人間的」な感じがしないわけです。
ある意味では、「不真面目さがないもの」についても同じかもしれませんね。


これは、「真面目さ」や「不真面目さ」が、「人間の本質」に近いものだということなんだと思います。

そして、そういう「真面目さ」や「不真面目さ」が”ない”ということは、「人間の本質」を失った状態なんだろうなと思うわけですね。


じゃあ、どういうものが「真面目さがないもの」なのか?と言うと、たぶん、「真面目さをバカにすること」なんじゃないかと思いますねぇ。

ということは、「不真面目さがないもの」の方は、「不真面目さをバカにすること」なのかと思うと、『いやいや、「不真面目さをバカにしないこと」でしょ!』と言う気もするので、こちらは、どうも、ややこしくなりそうなので、置いといて、取り敢えず、「真面目さがないもの」の方は、「真面目さをバカにすること」だろうということで。


「真面目さをバカにすること」には、まったく意味がないと思いますね。
と言うよりも、あらゆるものを「意味がないモノ」に変えてしまうような気がします。

「真面目さをバカにする」と、全てのモノが”シラッチャケテ”しまうんですね。
「真面目なモノ」には、必ず「色」があるわけです。
「不真面目なモノ」も同じですね。

でも、「真面目さをバカにする」と、いっぺんに「色」が無く成ってしまうわけですね。

全てのモノが、どうでもよく成って、オモシロクナイ、クダラナイ、シッタコッチャナイ、と言うような、何の意味もないモノのようにしか見えなくなってしまうわけなのです。


だから、「真面目さ」をバカにするようなことは、「百害あって一利なし」ですね。


そんな風に思います。






関連記事

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


リンクはご自由にどうぞ

QRコード

QR