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「教育主義」の政治を希望します



「民主主義」とか「自由・平等・平和」とかじゃなくて、ましてや、「経済」や「外交」なんかでもなくて、「教育」にもっと力を入れていったほうがいいんじゃないかなと思っているわけです。

例えばの話、今よりも10倍じゃなくて100倍くらいですね。
(概算です。別に85倍でもいいと思います)


と言うよりも、実際は、「政治」が管理するのは「教育」だけでいいような気もしますね。

「教育」さえしっかりしていれば、「行政」も「立法」も「司法」も、かなり大雑把な感じでやっていたとしても、致命的な問題が起きないんじゃないかと思うわけですね。


つまり、「行政」も「立法」も「司法」も、公務員が事務的に行うだけでも十分なんじゃないかということですね。

『そんなことじゃ、大事なことを決められないだろ!』と言う方も居らっしゃるでしょうが、今やっている「政治」も、それと大きな違いはないでしょうから、意外と今と大差ないかもしれませんよ。


でも、それをやる「人間」で差をつけようというわけですね。
そういう「人間を作るような教育」をやってほしいなということですね。


どんなことも全部、それを、実行するのが「人間」だとすれば、その「人間」がマトモでありさえすれば、大きな問題は起きないでしょうし、どんなにキッチリした制度を作り上げたとしても、それを行う「人間」がキッチリしていなければ何の役にも立たなくなってしまうでしょう。
(そういうのが現在の状態ですね)

そういう「人間作り」は「教育」がしっかりしていれば、ある程度は可能なんじゃないかなと。
ただし、それには100倍しっかりしないといけないかな?ということですね。
(ええ、85倍でもいいと思います)


そういう、「教育主義の政治」を行っていけば、自然と「社会」は、全体的に緩やかにいい方向に向かうように成るんじゃないかと思うわけですね。


もしも、そうなったならば、「教育」以外の部分に「政治」のような「権力構造」は、もはや不要になるはずで、むしろ、それを残しておけば、せっかくの「人間の良さ」が失われて、また元の状態に戻ってしまうような気がします。


現在、絶対的に確立される必要があるのは「人権」だと思いますが、それは、現在の形態の「政治」には不可能だと思います。

まず、「教育」をこれまでの常識をドガエシして刷新して、その「教育」の中から出て来た「人間」によって、ごく当たり前のこととして「人権」が確立されるように成って行くという方向なんだと思いますね。


その「教育」ってどういうモノなんだ?って言うことなんですけど、要するに、「人間教育」ということだと思います。

「教育の場」で「人間」について教えられていないような気がするんですね。
だから、「人間性」が欠如していくわけです。
たまたま、「親」から「人間について教えられた人」だけが、「人間性」を持って生きていて、「そうでない人」は「人間性」を持たずに生きているというのが現在の状態だと思います。

それを、ごく幼い段階から、全ての子供に平均的に「公的教育」として教えるということですね。


『人間性なんて教えられるもんじゃないだろ!』と言われそうですけど、現実に、「人間性」は受け継がれてきましたし、それは、教えられたからに他ならないわけで、誰かが、教えて来たからこそ、それは存在しているわけです。


実際には、「人間性」を教えることは出来ると思います。
「人間」は「学習する動物」ですから必要な環境が与えられて、方向を示されれば、促された方向に進んでいくんだと思います。

しかし、「人間」が「人間」としては、まだ発展途上であるために、方向が示されていないと、ちょっと前までやっていた「人間以前」の行動に向かいがちなわけです。

それで、「教育」が必要なんだと思います。


それが、自然な流れだけでは受け継がれなくなてきたわけです。
だから、敢えて「公共の教育」で教えなければならなくなったということでしょうね。


幼い段階での「均等な人間教育」を確立できれば、その後の段階での「教育」は非常に有効に成って行くでしょうし、教育に費やされる期間も大幅に短縮されるようになるでしょう。


いずれにしても、全ての子供に必用なのは、「人間教育」だけで、「その他の教育」は、そこから先に行ってから、本人に選択させればいいように思いますね。

どう考えても、今の「教育」のように、すべての子供に、あらゆる科目で、かなり高度な学問を教えたり、要求するのには、無理がありますし、意味がないように思いますね。

そういうマイナス方向(減らすという意味で)の意味でも、「教育主義の政治」をやってほしいもんだなと。

そんな風に思っているわけです。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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