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「善」と「偽善」は本当に違うモノなのか?



いわゆる「イイ人っぽい行い」を見て、『そういうのは偽善だろ!』と言うのをよく聞くわけですけど、おそらく、それを言っている人は、「善」とは、もっと「素晴らしいモノ」だと言っているんでしょうね。

でも、本当に「善」と「偽善」はそんなに違うモノなんでしょうか?
実を言えば、「善」と「偽善」って、そんなに違わないんじゃないか?と思ったりもするんですね。


たとえば、「寄付」と言うのがありますけど、「お金持ち」の人が「寄付」をするのを見て、それを「偽善」であるということがありますが、、『そういうのは、自分の体裁を繕うためにやっているに違いない』ということなんでしょうね。たぶん。

でも、もしも、「自分の体裁」のためだったとしても、少なくとも、「寄付」をしない「お金持ち」も居ることを考えれば、そこにも、多少の「善意」が含まれているという風に言えるんだと思うわけです。

まぁ、要するに、「善」でもあるけど「偽善」でもあるということなんじゃないかと思います。


そう考えていくと、『じゃあ、「本物の善」って、どういうモノなんだ?』と成るわけです。

一切の「偽善」を含まない「純粋な善」と言うモノが、存在しえるでしょうか?
少なくとも、「人間の場合」に限ってですね。

たぶん、無理だと思うんですね。


「カミやホトケ」のような、「善のカタマリ」みたいなモノを想定した場合は別として、「人間」の場合は、「善」と「偽善」は、ほとんど分かちがたいモノなんじゃないかと思うわけです。

つまり、「善」を行えば、必ず「偽善」もついてくるということですね。


だから、「善」の中から、重箱の隅をつつくように「偽善」を探し出してしまうと、「善」は、一切行うことが出来なくなってしまうような気がしますね。

ということは、世の中から「善」が無く成ってしまうということです。


それは、チョット困るので、「善の中の偽善」を探し出すのは、なるべくやめようと思うわけです。


あまりに、あからさまに「自分のためだけにやったこと」を、あまりに、あからさまに「人のためにやったような顔をする人」は別ですけどね。


そういうのは、かなり「純粋な偽善」ということに成りますね。
『この人なんか、そーとー純度高いわぁ!』っていう人も、チョクチョク見かけますけどね。

出来ることなら、「善」の方でお願いいたしたい!


そんな風に思います。



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