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「善」と「偽善」は本当に違うモノなのか?



いわゆる「イイ人っぽい行い」を見て、『そういうのは偽善だろ!』と言うのをよく聞くわけですけど、おそらく、それを言っている人は、「善」とは、もっと「素晴らしいモノ」だと言っているんでしょうね。

でも、本当に「善」と「偽善」はそんなに違うモノなんでしょうか?
実を言えば、「善」と「偽善」って、そんなに違わないんじゃないか?と思ったりもするんですね。


たとえば、「寄付」と言うのがありますけど、「お金持ち」の人が「寄付」をするのを見て、それを「偽善」であるということがありますが、、『そういうのは、自分の体裁を繕うためにやっているに違いない』ということなんでしょうね。たぶん。

でも、もしも、「自分の体裁」のためだったとしても、少なくとも、「寄付」をしない「お金持ち」も居ることを考えれば、そこにも、多少の「善意」が含まれているという風に言えるんだと思うわけです。

まぁ、要するに、「善」でもあるけど「偽善」でもあるということなんじゃないかと思います。


そう考えていくと、『じゃあ、「本物の善」って、どういうモノなんだ?』と成るわけです。

一切の「偽善」を含まない「純粋な善」と言うモノが、存在しえるでしょうか?
少なくとも、「人間の場合」に限ってですね。

たぶん、無理だと思うんですね。


「カミやホトケ」のような、「善のカタマリ」みたいなモノを想定した場合は別として、「人間」の場合は、「善」と「偽善」は、ほとんど分かちがたいモノなんじゃないかと思うわけです。

つまり、「善」を行えば、必ず「偽善」もついてくるということですね。


だから、「善」の中から、重箱の隅をつつくように「偽善」を探し出してしまうと、「善」は、一切行うことが出来なくなってしまうような気がしますね。

ということは、世の中から「善」が無く成ってしまうということです。


それは、チョット困るので、「善の中の偽善」を探し出すのは、なるべくやめようと思うわけです。


あまりに、あからさまに「自分のためだけにやったこと」を、あまりに、あからさまに「人のためにやったような顔をする人」は別ですけどね。


そういうのは、かなり「純粋な偽善」ということに成りますね。
『この人なんか、そーとー純度高いわぁ!』っていう人も、チョクチョク見かけますけどね。

出来ることなら、「善」の方でお願いいたしたい!


そんな風に思います。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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