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絵画空間における「接地」と「浮遊」



私の場合、「抽象表現」の中に「具体性」を取り入れようという考えで絵を描いているので、「抽象画」なんですけど、「モノであること」を目指しているわけです。
(「現実のモノ」というわけではありません)

そこで、「そのモノ」が「絵画空間」の中で、「接地」しているか?もしくは「浮遊」しているのか?と言う問題が出て来るわけですねぇ。


一般的に「抽象画」では、「モノ」を描きませんし、むしろ、「モノ」や「空間」から離れようという傾向があるわけですから、この問題に悩む必要はないのかも知れませんけど、いざ、「モノ」を描こうとすると、「そのモノ」を「絵画空間」においてどこに位置づけるのか
と言う問題が避けて通れなくなるというわけです。


「モノ」以前に「抽象画」に置いては、「空間であること」も「否定」または「無視」される傾向があると思いますから、そこに「位置」と言う概念が存在しないという場合も多いと思います。

つまり、「空間」でも「距離」でも「立体」でもないような「純粋な絵画の世界」と言うのが、ほとんどの「抽象絵画」の追究してきたものなんだと思います。

私は、その「純粋性の追究」によって、結果的に、「芸術」が「肉体」を失って、かえって「表現の幅」が狭く成ってしまっていると思うので、「具体性」を取り戻そうと思ったわけですね。

それで、「モノ」を描こうと思ったわけですけど(「非現実ではあるが物質的な実体感を伴ったモノ」と言う感じです)、その結果、こういった類のさまざまな問題に直面することに成っているわけですね。


つまり、「現実のモノ」であっても「非現実のモノ」であっても、「モノ」である以上は、「そこに在る」ということが必要に成るんですね。と言うか、その「そこに在る」ということが示されることで、それが「絵画空間」の中で「モノ」に見えて来るんだといってもいいんじゃないかと思います。

いずれにしても、そこに「位置」を設定しなければならなくなるわけです。
要するに、その辺をゴマカシたくなかったということですね。


それで、その「モノの位置」が「着地」しているのか?
それとも、宙に浮いて「浮遊」しているのか?ということが突きつけられることに成るわけです。


ところが、「モノ」ではありたいんですが、「現実のモノ」ではありたくないわけです。


要するに、「接地」や「浮遊」という「位置関係」を現実と同じように説明してしまうと、「現実のモノ」に近づきすぎる感じがするんですね。

「具体性」は欲しいのに、「現実性」は欲しくないということですよね。
まぁ、ワガママですし、無理です。
でも、なんとかしたいわけです。


それで、「接地」でも「浮遊」でもない、そういう「位置」を作りたいわけなんですね。
でも、ゴマカシたくはない。

まぁ、正直言ってチョット・ゴマカシてるとは思いますけどね。

そういう「非現実的な位置」を作り出すのになんとなく慣れてきています。


これは、言葉で説明されても、読んだ人は困るんでしょうが、「宇宙」を考えてみればわかりやすいと思います。


「具象画」に置いて、例えば花を描いたとき、その花が「接地」しているということは、花瓶に生けられていたりするということなわけですが、その花瓶は、また更にテーブルに「接地」していて、ということですから、最終的には、地球に「接地」しているということに成るわけですね。

しかし、その地球は宇宙に「浮遊」していますよね。
つまり、どんなに「具象的な絵」であっても、本当は「接地」と「浮遊」の両方の要素を持っているということなんですね。

ただ、「具象画」の場合は、そのどちらか一方の要素だけを切り取って見せていることが多いということなんだと思います。


そして、私の場合は、その両方の要素を「絵画空間」に描き入れようということですね。
そうすることで、「接地」と「浮遊」の間の「非現実的な位置」を創り出しているわけです。
(自分でそう思っているだけですけどね)


私の場合、「背景」にあたる部分と(「空間」も、表現しますから、「背景」と言う感覚もあります)、、主題としての「モノ」の部分との間の層に、「絵画の枠からフレーム・アウトする部分」を描くことで、「接地」と「浮遊」の間の「非現実的な位置」を作っていることが多いですね。


「絵画の枠からフレーム・アウトする部分」と言うのは、「接地」と「浮遊」のどちらともとれると思うんですね。


つまり、フレーム・アウトした先がどうなっているかがわかりませんから、それが「接地」しているのか「浮遊」しているのか、ということが曖昧に成るわけですね。


こんな話、読んだ方は、ナニ言ってんのかサッパリわかんないでしょうが、それはそれで、ご愁傷さまです。
でも、、なんとなくこの問題はクリアーできたような気がして来ているので、よかったなと。

そんな風に思っております。

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『よかったな、じゃネェーよ!』

この記事を最後までお読みに成った方がいらっしゃれば、それはそれで、謹んでお悔やみを申し上げます。



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