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「創作」って、実は「すごく大変な作業」なんじゃないのか?



「創作」とか「芸術」について、『誰でもできますよ~』とか『すぐにでも、やる気さえあればできるんですよ~』なんて言うのをよく聞きますよね。

本当にそうだと思いますし、私自身そんな感じでやっているとも言えるわけです。


でも、その反面、「創作」って、実は「すごく大変な作業」なんじゃないのか?と思ったりもするわけです。


要するに『創作って何なの?』って言うことの考え方によって、その辺がだいぶ違ってくるんだと思います。

取り敢えず「絵を描いたり」、「モノを作ったり」すれば、「創作」と言えるのか?ということですよね。


もちろん、広い意味では確かに「創作」なんでしょう。
でも、例えば、人の作品を「模倣することに徹した作品」を「創作されたモノ」と言えるのか?ということに成ると、「創作」の意味を少し狭めただけでも、それを「創作」とは呼べなくなってしまうような気がします。


「創作」の中の「作」の部分はあっても、「創」の部分が無いというところでしょうか。
で、その「創」の部分って、いったいどういうモノなんだ?ということに成るわけです。

それは、「その人の感性を現すようなものを創り出すこと」なんだと思うわけですが、その「自分の感性」っていうのが、人間にはなかなか掴めないんですねぇ。


少なくとも、「情報の渦」の中で、洗脳され続けて育ってくるような状態の「現代人」にとっては、「自分の感性」を正確に捉えることなんて、到底できることではないように思えるわけです。

ほとんど不可能に近いんじゃないか?と思えるほどです。


『そんなに難しく考えなくても…』ということも言えるとは思います。

そう考えれば、『素直に”イイ”と思ったものを、そのまま表現すればいいんだ!』ということでしょうし、それ以上考えなくても、それが「創作」なんでしょう。

それでも、とくに問題は無いのかも知れませんけど、それでは、やや物足りなくなってきているような気もします。
「現代の創作」が、そこを疑っていく必要を迫ってくるわけです。


『素直に”イイ”と思ったものを、そのまま表現すればいいんだ!』と言っても、

その「素直に”イイ”と思ったもの」とは、本当に、その人が「無垢な状態」でも「”イイ”と思うモノ」だったのだろうか?ということですね。

現代においては、そんなことはほぼ有り得ないことだと思います。


現代社会においては、「情報の渦」から完全に外れている人は、もう、ほとんど居ないといってもいいほどですし、その「情報の渦」の影響力は「絶対的」と言ってもいいほどですから、そんな中で、いくら、『素直に”イイ”と思ったものを、そのまま表現すればいいんだ!』と言っても、まったくなんの基準にもならないということですね。


そこで、現在においては、どうしても、『ナニが自分にとっての”イイ”なのか?』ということから、探していく必要があるんじゃないかと思うわけです。

そして、それを『何とか見つけ出せたかな?』と言うところで、ようやく、それを「創る」ということに成るわけですね。
やっぱり、『けっこう大変な作業なのかな?』と思いますね。


こういうことを言うと、「芸術の門戸を狭める」と思う方もいらっしゃるでしょうが、私は、「現代の芸術」の持つ最も重要な意味は、そういう「チョット大変な作業」の中にこそあると思いますので、そこに置いてこそ、「門戸が広く開かれる」ことが大事なんじゃないかと思うわけなのです。


『誰でもできるんですよ~』と言われてしまうことで、一般人が、その「一番肝心な部分」には近づけないように成ってしまうわけですね。

『誰でもできるんですよ~』の部分だけだと、ほとんどの人がすぐに飽きてしまいますし、やめてしまったりもしますよね。

人よりちょっと早く技術を習得した人だけが、他の人から褒められて、「イイ気持」に成るので続けられるわけです。
でも、そんな時、その人の中で、それはもう「芸術」ではない「チガウ・モノ」になってしまっています。


専門的に「芸術」をやっている人たちは、多かれ少なかれ、この「チョット大変な作業」をやっていると思います。
でも、その人たちが決まって『誰でもできますよ~』と言うわけです。
そして「チョット大変な作業」については、まずもって語られないですね。

「技術的な面」については「大変そうに言う人」が結構いらっしゃいます。
でも、むしろ、「技術」こそが、「誰でもでき「ること」なわけで、「技術」は少し時間をかけて努力さえすれば、それこそ「誰でもできること」だと思います。


本当に大変なのは、「自分の感性を見つけ出すこと」であって、さらに、それを「具体化」することです。
そして、そこに「現代の芸術の本質」があるんだと思います。


だから、そういう「芸術の本質」に対して、「門戸を広げる」、のであるならば、『「創作」って、「ナカナカ大変な作業」なんですよね~』『でも、誰にでもできるハズではあります』

ぐらいに言う方が、かえっていいんじゃないのかなと。


そんな風に思ったりもするわけですね。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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