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「抽象表現」における「現実性」と「非現実性」



またまた、前々回から続けて似たような記事です。

読まないに越したことは無いと思いますが、「イミガワカラナイ言葉の羅列」みたいなのがお好きな方はどうぞ。


さて、またまたまた、自分の絵についての話で恐縮なんですけど、私が目指しているところの『抽象画なんだけど、「モノ」を描こうと思ってるんだよ!』ということにまつわる問題ですね。


前回、前々回の記事でも書いたんですけど、「抽象画」にも「具体性」があったっていいんじゃないの?ということでやっているわけですが、

 ※私は「抽象」と「具象」は対立する概念ではないと思っています。
  むしろ、常に両立している概念ではないかと思いますし、「具体性のない抽象」
  も「抽象性のない具象」もあり得ないと思っています。
  ですから、より積極的に「具体性を追究する抽象」があっても、何の問題もないと
  いう風に思っているわけです。

そこはやっぱり「抽象画」ですから、「具体性」を求める上でも「現実性」は出来るだけ出したくないわけです。


でも、「具体性」は出来るだけ高めたいわけですから、何かしらの形で「現実味」を出していく必要があるんだと思うわけです。


まぁ、ショッパナから矛盾してますよね。


これは、上手く説明できる気がしないんですけど、まぁ、人間が「現実」だと思っている「イワユル現実」とは「チガウ現実」を創り出して、それを、出来るだけ”リアル”に表現していこうということです。


所詮、「チガウ現実」ですから「現実」ではないわけで、それを「現実」とか「リアル」と呼んでいいのか?っていう問題はあるんでしょうが、他の言葉を使っても意味が伝わりにくいのは同じようなものなので、一応、「非現実の中の現実性」ということにしています。


この「非現実の中の現実性」が、「抽象表現」を再活性化してくれるんじゃないかと思うわけですね。


つまり、「現実」とか「具体性」を避けよう避けようとしてきたために、「実体感」や「手ごたえ」を失ってしまった「抽象表現」に、そういう「シッカリした部分」を取り戻せるんじゃないかなと言う風に思うわけですね。


「実体」や「肉体」を取り戻すことで、「抽象表現」は再活性化するような気がしますし、「抽象表現」に「ある種の幅」を展開できるようになるんじゃないかと思います。


もともと、「抽象表現」は「自由な表現形態」を求めて、現れて来たんだと思うんですが、それが、実際にやって行くとだんだん「不自由」に成って来たんだと思います。

「抽象性」だけを追究していくと、どんどん「表現の幅」が狭く成って行って、身動きができないように成るんだと思います。


やはり、「抽象」と「具象」は両立していて、初めて「実体」を持ち得るんじゃなかと思うわけです。
どちらか一方に偏ると、平面的で、「実体感」のない世界や、無機質的で「精神性」のない世界しか表現できないように思います。


さて、そこで、「非現実の中の現実性」ですが、やっぱり「そのまんまの現実性」では、ちょっとダメで、「現実のモノ」に「現実の現実性」があるように、「非現実のモノ」には「非現実の現実性」があっていいと思うわけですね。


そこで、「現実の現実性」とは違う、「非現実の現実性」を作り出す必要があるわけです。


「現実の現実性」には無いような「ナマナマしさ」や「臨場感」を、「非現実のモノ」において、創り出していけたらいいんじゃないか?と言う風に思うわけですね。


これまた、矛盾した言い方になってしまうんですけど、「リアルであればあるほど非現実的に見えるような現実感」と言った感じでしょうか。


とにかく、そういうような「非現実の中の現実性」を、いつも念頭に置いて絵を描いています。


もちろん、「そういうことが出来ますよ」って言うことじゃないですよ。
そう上手くはいかないですけど、「目指すところとして」ということですね。

やっぱり「現実」に引っ張られますし、また、『そうじゃないとウソなんじゃないか?』っていう気もします。
「現実」を「外そう外そうとする」のも『チガウかな』と思うわけですね。

だから、あまり「奇抜な形」に成ることは避けようと思ってもいます。

そうすると、無意識のうちに「現実のナニカ」に似てきたりします。

 ※私の場合、「現実のナニカに近いか遠いか」と言う規準は、かなりのところまで捨て
  て、「自分の中から出て来たものかどうか」と言う規準を重視するようにしています。


こんな状態ですから、いつも迷っています。
でも、迷った結果がなるべく”ブレない”ようにしようと思っています。


『なっ!』(いや、自分に)

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※2019年7月に追記

ここでは「非現実」という言葉を使って説明していますが、この記事を書いてからしばらくたって、ここで述べているような「非現実性」を「異・現実の世界」という言葉で表すように成りました。
また、そういう表現を「異・現実のリアリズム」と呼んでおります。



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