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「次元」って、本当は一つなんじゃないか?



「3次元」=「空間」とか、「4次元」=「時間」とか、「次元」の捉え方として、「次元」には種類があるということに成っているわけですけど、実際は、そういうのを全部ヒックルメタ・モノを「次元」という風にも考えられなくはないんじゃないかなと思うわけです。


つまり、「全部の次元」全体で「一つの次元」という考え方があってもいいような気がするわけですね。

 ※お断りしておきますが、これは、物理とかの話ではなくて、むしろ、「哲学的な
  好奇心の探究」と言ったものです。


そもそも「次元」と言うモノを分けて考えるというのが、どうもシックリこないんですね。


「次元」っていうのは、「世界」を見る時の「視点」なんだと思うわけですけど、確かに、その「視点」によって「世界」の捉え方が違ってくるんだと思いますし、そこでの説明には意味があるんだとは思うんですが、それは、あくまで「仮の座標軸」みたいなものなんだと思うわけです。

つまり、理論上の仮定だろうと思うわけですね。
でも、それがあまりにも当然のことのように、「~次元」と言われてしまうために、いかにも「次元」にたくさん種類があって、いろいろな「次元」が交錯して世のなかが成り立っているんだというような錯覚が生みだされているんじゃないかと思うわけです。


実際には「すべての次元」が一体になっているのが「この世の中」で、それを、敢えて分けて捉えているのが「次元」なんだと思います。


だから、「~次元」という風に分けて考えると、捉え方としては理解し易くなるのかも知れませんけど、けっこう「世界の捉え方」がズレて来ることも多いように思うわけですね。

だいたい「空間」を「三次元」と言ったり、「時間」を「四次元」と言ったりする必要って、あまりないような気がします。
「時間」は「時間」で十分だし、「空間」は「空間」で何一つ過不足なくことが足りるわけで、「~次元」に置き換える必要なんて、ほとんどないんじゃないでしょうか?


どちらかと言えば、浮世離れした「物理学」のような分野での必要があって、「次元」を分けて考えるようになったんでしょうが、そんな難しいことを、「中学生」や「高校生」に教えるもんだから、やや、無理が出て来るんだと思うわけです。

それで、「時間」と「空間」が、まったく別の「次元」であるという、チョット不自然な認識が生まれてしまうんじゃないかと思います。
(まぁ、違うには違うんでしょうけど)


じつは、別の「次元」なのは「仮の理論上の次元」だけであって、「本物の次元」は一つしかないというのが、どちらかと言えば自然なのかなと。


そんな風に思っております。
(よく知りもしないことを言って、どうもすいません)



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