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一人でも「時代」を創り出すことは出来る・・・・のかな?



「時代」とか「世界」と言うのは、その社会の大多数の人の動向によって創られているというのが一般的な考え方なんでしょうが、それはそれとして、個人的には、「時代」や「世界」と言うのは、本当は一人の人間によって創られるモノなんじゃないか?と言う風にも思っているわけです。


たとえば「流行」についていえば、「流行」は「時代」を象徴するモノの代表だと思うわけですけど、「マイ・ブーム」と言うのもありますよね。

つまり、「自分だけの流行」もあるわけです。


それと同じように「マイ・時代」もあるし「マイ・世界」もあるんじゃないかなと思うわけですね。

じつは、一般的に「時代」とか「世界」と言っているのは、そういう「マイ・時代」や「マイ・世界」の集合と言うだけのモノで、本当に、実体としての意味を持っているのは、一人一人の人が創っている「マイ・時代」や「マイ・世界」の方で、一般的な「時代」や「世界」が持っている意味と言うのは、予想外に小さいんじゃないかな?と思ったりもするんですよね。


それから、これもまた「流行」の話になりますが、ナニカが「流行」する時と言うのは、誰か一人とか、あるいはごく少数の人が「キー・パーソン」に成って、「流行の発端」に成っているということが多いように思うのです。

一般的に「流行」する前までは単なる「マイ・ブーム」ですが、それが、たまたま一般的な「流行」へ移行すれば、「時代」に影響を与えることも出て来るわけですよね。

ところがですね、おそらく、推測するには、その「流行」の「キー・パーソン」に成った人の中では、一般的な「流行」に成ったとしても、成らなかったとしても、起きているのは同じ事なんじゃないかと思うわけです。


つまり、どっちに転んだとしても、その人の中では、それは「マイ・ブーム」であり「マイ・時代」であり「マイ・世界」であるわけで、他の人の反応によって、どんなに周りの状況が変わったとしても「その人の中の時代」は、あくまで「そのマイ・時代」であって、「その人の中の世界」は、あくまで「そのマイ・世界」なわけです。


こんな風に言うと、「流行」の「キー・パーソン」に成るような人が持っている「マイ・ブーム」と一般的な人が持っている「マイ・ブーム」は質が違うというよな方向に話が行きがちですが、実は逆で、一般的に「流行」するモノよりも「流行」しないモノの方が、より一層強固な「マイ・ブーム」であるとも言えるわけで、むしろ、一般的に「流行」するモノの方が「マイ・ブーム」の「マイ」の部分が弱いということも言えなくはないわけです。


そう考えていくと、「時代」や「世界」と言うのは社会全体の動向で創られているんだという考え方も、もちろん、否定はしませんし、それこそが「時代」であり「世界」であることに違いはないわけですが、その一方で、「時代」や「世界」と言うのは、「個人」の中にあって、一人の人間によって創られているモノなんだという考え方も十分にあっていいような気がしますし、私としては、そちらの方をより重視していきたいなと思ってしまうわけなのです。


『なんで、そっちを重視するのか?』と聞かれれば、『そっちの方が、興味が持てそうだから』と答えますね。


マスコミが、ここまで「支配的」に成る以前のことならまだしも、現在のような完全なる「マスコミ支配」の世の中で、「一般的な流行」や「一般的な時代」や「一般的な世界」には、正直言ってもうウンザリですね。

何はともあれ、「時代に逆行していないモノ」には、まったく興味が持てませんね。

 
そんなこと、そう簡単にできないのはわかってるんですけど、『みんなが一人に一つの「時代」や「世界」を持っていて、その「チガウ時代」や「チガウ世界」をお互いに認められたり、共有出来たらいいよなぁ』

と、そんな風に思ってしまうわけなのです。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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