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「ことば依存」



現代社会にはいろいろな「依存」があると思いますけど、「ことば」にも「依存性」がある場合があるんじゃないかと思うわけです。


このブログの中ではたびたび、「天才」という「ことば」には「依存性」があるんじゃないかと言っているんですが、この「天才」などは「現在最も依存性の高いことば」の一つだと思います。
これは「才能」、という言葉にも、ほぼ同じようなことが言えると思います。


要するに現代人にとって「天才」や「才能」は「逆らえないモノ」になってしまっているわけですね。

たとえ、少し無理してさからったとしても、『あぁ、自分に才能がないからヒガンデるんだ』と言われるのがオチでしょうし、『「才能」よりも「努力」の方が好きですねぇ』なんて言っても、『あぁ、そうですか』と言われてオシマイです。

当然「逆らうこと」がバカらしくなってきますよね。


まぁ、そんな感じで「逆らえないモノ」になってしまっているわけでしょうね。


それから、こういう「ことば依存」のもう一つの特徴は、「抜け出せない」&「やめられない」と言うことです。


たとえば、「仕事ができる」なんて言う「ことば」も、「依存性があることば」の一つだと思います。

今の時代、人間的にとても勤勉で誠実な人でも、『でも、あの人、仕事できないよねぇ』の一言で、吹き飛ばされてしまいます。
コッパミジンです。

反面、「やや人格に難あり」な人でも、『でも、あの人、仕事は出来るから』の一言で「中の上」くらいまではいけます。
「すごく出来る」だと、それだけで、『出来る人っていうのは、えてしてそういう性格なんだよ』ということに成ってしまいます。


でも、そこで『いや、人間性も大事なんじゃないか?』と気づいた人が、即座に、『仕事なんかできなくてもいいじゃないか』とはならずに、『まぁ、出来ないよりは、やっぱり出来た方がイイでしょう』と言うところから”抜け出せない”ということですね。


それで、「依存」し続けることに成るわけです。


内容なんか、ほとんど関係ありません。

つまり、実際に「仕事ができる必要」も「本物の天才である必要」もなくて、「そう言われていること」だけでも通用する場合が多いです。

だから「ことば依存」なんですね。


要するに、「出来ること自体」よりも「できるという言葉」に「依存」しているんですね。
だから、本当に「出来ようが、出来まいが」関係ないということになるわけです。

「天才」と言われてしまうと、もうそれだけで逆らえなくなってしまっていて、『「その天才」は百年後にも「天才」と言われるだろうか?』ということを考えることが、ほとんどなくなっているということです。
(それ以前に、『今もまだ「天才」は居るのか?』ということもあるわけですけどね)


そして、更に言うと、現在、この「ことば依存」がかなり拡大してきているんじゃないかと思うわけです。


昔から「神」や「仏」は「依存性」のある「ことば」だったと思いますけど、これは、「神」や「仏」の性質上、当然と言えば当然だと思いますし、そういう、「順当な依存性」のある「ことば」は昔からそれなりにあったんだと思うわけです。


でも、現在は「順当じゃない依存性」を持った「ことば」が増えてきているような気がします。


たとえば、「若い」という「ことば」もその一つじゃないかと思います。

ちょっと昔までは、「若い」=「いい」ではなかったと思いますけど、現在は、とにかく、ほとんどの人が「若い」と言われたがっているように見えますし、「若い」=「未熟」と考えている人はかなり少なくなって来ていると思います。

実際には、「若い」=「未熟」と言う傾向があるのは誰でも知っているハズなのにです。
(というか、当たり前過ぎますよね)

それから、「スリム」なんて言うのも「ことば依存」の一つだと思いますね。
「痩せている」と言うことが「均整がとれた体型」とは無関係に信望されているように思いますね。
こういうことから、「拒食症」のような摂食障害などが、起きているんでしょう。


こういった「ことば」には、「順当じゃない依存性」が含まれていると思うわけです。


こういう「ことば」が日に日に増えていくような気がするんですが、そういう「ことば依存」を拡大し続けていくと、相当生きづらい世の中に成るような気がするんですが、どうなんでしょう?


これからは、「薬物」や「アルコール」、「タバコ」などと同じように、「依存性のあることば」があるということぐらいは、考えておいた方がいいんじゃないのかなと。


逆に言うと、現在は、それらの「依存性のある言葉」が、その人の年齢も、精神状態なども一切考慮されずに、飲み放題な状態ということです。

だからと言って、「ことば」を法的に規制することは難しいでしょうが、「要注意なことば」については、注意を喚起するくらいのことはしてもいいんじゃないかなと。

そういうことを考えてみました。





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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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