FC2ブログ

「芸術者」という考え方



「芸術家」という言葉はあるんですけど、「芸術者」という言葉がないんですねぇ。
「技術者」とか「労働者」はあるのに「芸術者」はない。

同じように、「書道家」とか「文筆家」とか「武道家」なんかも「〇〇者」がないですよね。
どうも、こういうのが「エラソウ」に聞こえるんですね。

「芸術家」の人の中でも『私が芸術家です!』と言い切る人って意外と少ないような気がします。
人から言われると否定しない人が多いですけどね。
(「先生」と言われても否定しません)

要するに、『芸術家です』と言って、「エラソウ」に聞こえるのが嫌だから、自分では言わないんじゃないかと思うんですね。
だったら、「芸術家」はやめてしまって、「芸術者」と言えばいいんじゃないかなと思ったわけです。

「〇〇家」と言うと、ナントナク「世間一般に認められた〇〇家」というイメージがあるので、どうしても、自分で自分のことを、『私が、世間一般に認められた〇〇家です』とは言いにくいんでしょうね。


それで、「芸術者」だったら堂々と言いやすいんじゃないか?っていうのもあるんですが、実は、それだけでもなくて、「創作者」・「鑑賞者」・「批評者」の三者を含めた意味で「芸術者」という言葉があるといいんじゃないかなと思っているわけです。

そうすれば、さらにエラソウに成りにくいような気もしますし。

つまり、立場の違いはあっても、この「芸術に関わる三者」は、対等にしておいた方がイイように思いますから、それらを一括りにする言葉があってもイイように思うわけです。

今は、「創作者」ばかりが「芸術家」と言う扱いを受けていますし、それでいて、やけに「批評家」の影響力が強かったりもしますから、やや、力関係が不均等で不自然な感じがするわけですね。

まぁ、そんな中で「鑑賞者」は、『黙って、イイと言われるものを見ていればいいんだ!』というような感じにしか見えませんけど、もう少し「鑑賞者」が対等な立場にいた方がイイような気がするんですね。


そんなことも含めて「芸術者」という言葉を使って行こうと思っているわけなのです。

つまり、「創作すること」と「鑑賞すること」が対等に対峙していないと、本当の意味で「芸術」とか「感動」と言うモノは成立しないんじゃないかと思うわけです。
 
「鑑賞者」と「批評者」の違いは、「鑑賞者」が「芸術を肯定的に見るという立場」であるのに対して、「批評者」は「芸術を批判的に見る立場」と言うことだと思っています。

そういうと、「批評者」を「ケチばかり付ける人」のように扱っているように聞こえてしまうかもしれませんが、そうではなくて、「批評者」と言うのは「芸術」を批判することで、そこに意味を見つけ出すような立場と言うことです。

要するに「鑑賞者」は「自分が好きな作品」を探そうとしますし、「作品」の中に「自分の好きな所」を探そうとするわけですが、「批評者」は「自分の好きな作品」に対してであっても、そこに批評を加えようとする立場ということです。

この二つの立場は、芸術にとって両方とも必要だと思うわけですね。
そして、「創作者」を含めた三者が対等であれば、よりいいんじゃないかと言うことです。

こう考えれば、少なく見積もっても人類の半分以上の人は「芸術者」であるといってもいいでしょうし(もっと多いかもしれません)、それらの人たちが、『みんな対等に芸術に関わっているんだ!』ということが、とっても「スバラシイこと」なんじゃないのかなと。

まぁ、そんな風に思っているわけですね。


そういうわけで、『私も含めて、みんな芸術者です!』

少なくとも、エラそうではないかな?すこしイイかな??

と思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

追記

本文の中で、「創作者」・「鑑賞者」・「批評者」と言っていますが、「三者」それぞれが独立しているとは限らないと思っています。

「創作者」でもあり「鑑賞者」でもある人や、「批評者」でもあり「鑑賞者」でもあるという人もいるでしょうし、「三者」全ての視点を併せ持っている人もいると思います。

また、「鑑賞者」としての視点が希薄な人が、「芸術」に関する興味が薄いということではなく、あえて積極的に鑑賞はしないということだと思っています。
当然、「創作者」についても「上手い・下手」とは一致しないということになります。
「下手な創作者」でも、「創作者としての立場」を強く持っている人は居ると思いますし、「上手い人」が、みんな「創作すること」に多くの労力を費やすとは限りません。

要するに、この「芸術者」という言葉は、「芸術」に「何らかの必要性を感じている人」を指しています。
そして、「創作者」・「鑑賞者」・「批評者」は、その「三者」それぞれの立場の中で、その人がどの立ち位置に重心を置いているのか?そして、そこにどれだけの必要性を見出しているのか?を示すための言葉です。

そして、さらに、その「三者」が出来るだけ偏りの少ないが対等な状態であれば、いいんじゃないかと思っているわけです。






関連記事

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


リンクはご自由にどうぞ

QRコード

QR