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『どんなモノでも人の心を動かすことは出来る』という問題



「芸術をやる喜び」って、いったい何なのだろうか?と考えると、それは、「人の心を動かすこと」なんじゃないかと思うわけです。


「感動」とまではいかなくても、人の心をほんの僅かでも動かせたら、『なにか「意味」が生み出せたんじゃないか?』と思えたりするということなんでしょうね。

そういう感じで、真正面から、真面目に考えていると、「人の心を動かすこと」が、なかなか大変なことだなと思えて来るんですけど、
もう少し、ナナメからと言うか、真面目さを崩して考えていくと、実は、「人の心を動かすこと」は、大変なことでも無いような気がしてくるわけです。

というか、極端に言うと『どんなモノでも人の心を動かすことは出来る』とさえ思うわけです。


たとえば、唐突に人が階段から転げ落ちれば、見ていた人はびっくりしますし、暴風雨の中を何事もない様子で平然と傘もささずに歩いている人が居るだけでも、大抵の人の眼は、その人にクギ付けです。

技術もいりませんし、努力もいりません。
チョットした思い付きだけで十分です。


要するに、そういう「チョットした思い付き」を「芸術作品」にするだけで、人の心を動かすことは出来るということです。


でも、それが問題だと思うわけです。
そういうことを、やってはいけないような気がするわけです。

つまり、『どんなモノでも人の心を動かすことは出来る』ということが問題なわけです。
少なくとも、「芸術」でそれをやってはいけないんじゃないかなと。

そういう風に思うわけですね。


でも、現在の「芸術」においては、そういうことが最もスタンダードな考え方の一つに成っていると言ってもいいような気がします。


とにかく、変わったことや、他人のやらないことをやって、目立つこと、そういうことを「芸術」という枠の中に収めて見せること、そんなことが「芸術の本質」であるかのような空気があるのは確かなことだと思います。


要するに「コンセプト」や「オリジナリティ」ですね。
これが、「奇をてらったこと」や「他人と違うこと」と言うことに成ってしまっているわけです。

それで、「他人と違うこと」が「芸術の本質」であるということに成ってしまっているわけです。

そこが、私は”チガウ”と思うわけなのです。


私は「オリジナリティ」は、あくまで「自分であること」だと思います。
「他人と違うこと」は「自分であること」の「結果」ですね。
「人の心を動かすこと」も同じです。


つまり、自分であればあるほど、結果的に『他人と違う可能性が高くなる』と言うだけです。
「他人と違うこと」を目的にしてしまうと「自分であること」が二の次にされてしまうという本末転倒が起きて来るんだと思います。

本来は、「自分であること」を求めるのが、「芸術の本質」なんじゃないかと思います。

そして、その結果として、「他人とは違う独自の世界」が生まれて、それによって、「人の心を動かすこと」が出来たら、『うれしいでしょうね』ということだと思います。


だから、「自分であること」を抜きにした場合は、「人の心を動かすこと」も「他人と違うこと」も、「芸術」とは無関係のことになってしまうんだと思うわけです。


それなのに、その「芸術と無関係のこと」が「芸術のスタンダード」に成っているわけですね。


出来れば、こういう状況から抜け出して、「芸術」が「自分であること」を追求していかれるように成ればいいと思うわけですが、それには、「鑑賞者の力」が必要に成ると思っているわけです。


「創作者」側に規制を設けることは難しいですから、「鑑賞者の眼」が必要に成るわけです。

「鑑賞者」が、「自分である作品」を選んで「他人と違う作品」を選ばなければ、結果的に「自分であること」が「芸術のスタンダード」に成っていくでしょう。


いずれにしても、今の「芸術」において、『どんなモノでも人の心を動かすことは出来る』ということが、とても問題なんじゃないかなと。


何はともあれ、そういう風に思うわけです。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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