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「その絵の答え」



「一枚の絵」には、「一つの答え」があると思っているわけです。


「自己表現」として描かれた絵には、その作者なりの「答え」があるはずですし、作者はそういう「答え」を探し出して、その絵の中に写し込む必要があるんじゃないかと思うわけです。


ここで一つ問題があって、「その答え」を「その絵の中」で創るか、それとも「チガウ場所」で創った「答え」を、そこに写し込むのか?ということがあるわけです。


ふつう、専門的に成ればなるほど「チガウ場所」で「その答え」を用意しておいて、それを、「作品」に写し込んでいくというスタイルをとることが多いように思います。


これは、「具象画」であれば、デッサンやエスキースを重ねて練り上げた構図を使うというようなことで、わかりやすいですが、「抽象画」の場合も、一見「イッパツ描き」のようでいて、実は、けっこう「練られた図案」を使っていることも多いんじゃないかと思います。
(というか、「本当のイッパツ描き」で力のある作品を描ける人って、そうは居ないと思いますね)


でも、私の場合、人間が非常にまじめにできているので(本当です)、『その絵の「答え」は、その絵の中で創り出さなければいけないんじゃないか?』と思ってしまうわけなのです。


それで、「イッパツ描き」どころか「ヒャッパツ描き?」っていうようなことに成ってしまうわけです。
まぁ、一番効率の悪い描き方と言うことですね。

どうやら、それが私にとっての「マイ・スタイル」らしいです。


私の場合、そういう「制作過程の紆余曲折」を現したいというようなところもありますので、どうしても、そうなってしまうのだと思います。

いや、実を言えば、『制作過程をどこか短縮できないか?』
『こんなところに時間をかけなくてもいいんじゃないか?』と、いつもセコセコと考えているので、ちっとも、この「マイ・スタイル」を受け入れられているわけではないんですけど、そうかと言って、「その絵の答え」が「その絵の中で創られていない」ことにも、どうも釈然としないので、しかたなく、そんなことをやっております。


チョットだけ、馴染んできたけど。



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