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本当に「芸術の物差し」は「好み」だけなのか?



よく、「芸術を測る規準」について、『そんなもん理屈並べたってしょうがないんだ!「好き・嫌い」がすべてだろ!!』というようなことを言う人が居ますけど、あれは、本当にそうなんでしょうかねぇ?


私は『それは違う!』と思うわけです。
というよりも、『それ、全然違うでしょ!』というくらい違うと思うわけですね。

ハッキリ言って、『好みがすべて』と言ってしまったら、オシマイだと思います。
というか、そういうことを言っている人は、「芸術の物差し」についての答えが出せない自分にいら立って、悔し紛れに『理屈なんかいらないんだ!好みしかないんだ!!』と言っているだけなんだと思いますよ。


確かに「芸術を測ること」はなかなかできませんし、さらに、そこに厳密な規準を設定するとなると『無理です』ということに成ってしまうのかも知れませんけど、それは、「芸術」に限ったことではなくて、他のどんなことでも厳密な規準となると、ほとんどの場合設定できないと思うわけです。

でも、だからと言って、例えば「料理」について、「美味しい」とか「不味い」という基準が全くないということではないわけで、やはり「美味しいモノ」もあれば「不味いモノ」もあるというのが本当のことなんだと思うわけです。

ただ単に、「全ての人が美味しいと言うモノ」や「全ての人が不味いと言うモノ」はないということです。

『そんなの、当たり前でしょ!!』っていうことですよね。


「絶対的なモノ」なんてどこにもありませんから、どんなことについても「絶対的な規準」なんて設定できるわけないというだけのことですよね。

「芸術」が特別ということは無いと思います。


私は、この「芸術の物差し」を設定できなかったことと、そのことを誤魔化し続けてきたことが、現在の「芸術の行き詰まり」を生み出している原因の一つだと思うわけです。

『そりゃ、規準がないわけですから、行き詰りますよね』っていうことなんじゃないかと思います。


「規準」がないということは『何をすればいいのかわからない』と言うことです。
もう少し言い方を変えれば、『何をすれば人を感動させられるのかがわからない』と言うことです。
さらに言えば、『自分でも何がイイと思っているのかわからない』ということです。

当然、行き詰ると思います。


結果的に、現在の「芸術の規準」となっているものは、「人と違うこと」・「誰もやっていないこと」と言うことに成っていると言ってもいいと思います。


これは、他のことで考えればわかることですが、「料理」で言うと、「味」という規準がない中で、「ほかの店で出していないモノ」と言う基準だけで判断していった場合、「美味しいモノ」が作り出される確率はどのぐらいあるでしょうね?

少なくとも「味」と言う規準を持っていたほうが確率が高く成ることだけは確かですね。


「芸術」においても、「料理」の「味」に当たるようなモノ、つまり、「人間がイイと思う芸術」というのがあるんだと思うわけです。
それが、キッチリとした言葉で示せないということはあっても、「好み」以外にはなんにもないということではないと思います。


やはり、芸術作品を見ていて、「ウマイ・ヘタ」と言うのを抜きに考えても、「明らかにチカラがあるモノ」もありますし、「明らかにチカラのないモノ」もあります。

それを、全て「好き・嫌い」だけで判断するというのには無理がありますし、それは事実と違うと思うわけです。


一人でも「好き」と言う人があればイイのか?

「好き」と言う人が多ければ多いほどイイのか?

「好き」と言う人が一人も居なければダメなのか?


実際には、「好き」と言う人の数とは無関係に、「チカラのある作品」と「チカラのない作品」があります。
それは間違いのないことだと思いますね。

ただ、それが『人に好まれるとは限らない』と言うだけのことです。


「好き」と言う人が多いのは、ただ単に「流行っているモノ」ですね。
「芸術」とは必ずしも関係ないことだと思います。

そして、それが「売れるモノ」でもあります。


「芸術の規準」としては、「他人と違うこと」ではなくて、「自分であること」だと思うわけです。
「作者が現れている作品」には「チカラ」があると思いますし、「作者が現れていない作品」に「チカラ」が感じられることはないと思いますね。


「イイ絵」とかいうことじゃなくて、「芸術表現としてのチカラ」ということです。


「人と違う」なんてことはどうでもいいことです。
そんなのは、『ふっ』って吹いたら飛んでっちゃいますね。

なんの規準にもならないと思います。


『いかに自分であるか』 

これしかないと思いますよ。私は。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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