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「多様化」と「多重化」



時代とともに、世の中のいろいろなことが「多様化」してきているとよく言われたりしますけど、「多重化」と言うことが言われる機会は、それに比べると少ないような気がします。


私は「芸術の多重化」を目指してやっているんですが、「芸術」だけじゃなくて、他のことでも、もう少し「多重化」と言うことが考えられていいような気がしているわけです。

もちろん、「多様化」がワルイと言うことではないんですが、「多様化」ばかりで「多重化」が少なすぎると言う気がするわけです。


「多様化」はいわゆる「ヴァリエーション」だと思います。
それに対して「多重化」は「密度」だと思うんですね。


まぁ、例えは悪いかもしれませんが、ハンバーガー・ショップで言えば、ありとあらゆる種類の「〇〇バーガー」があるのが「多様なバーガー・ショップ」で、種類を絞って、ベストな食材を組み合わせることで『これが美味しいよ!』と言うのが、「多重化したバーガー・ショップ」と言うようなことだと思います。

そういうと、「多重化した店」の方が、断然いいように聞こえますが、もう一方で、人間と言うのは贅沢にできていますから、どんなに美味しくても、一種類じゃ満足できないということがあるわけで、いろいろな種類の中から選びたいとか、今日は違う種類のものが食べたいということに成るわけです。

現に、チェーン展開しているような店舗では、ほとんどの場合「多様化路線」でやっていますよね。


ところが、なぜか、単独のお店だと、単品メニューの店が人気があったりすることも多くなります。


要するに、チェーン店には、もともと「多様化」を求めている人が行くわけですから、それでいいということでしょうし、単独店には、そういう「多様化」を、それ程求めていない人が行くわけですから、そちらもまた、それでいいということなんでしょうね。


つまり、「多様化」と「多重化」には、それぞれの「向き・不向き」があるということだと思います。


「多様化」と「多重化」の比重にやや偏りがあるために、その辺のところが、見えにくく成っているんじゃないかなと思うわけです。
つまり、「多様化に向いているモノ」と「多重化に向いているモノ」があると言うことが見えにくく成っていると思うんですね。


「芸術」は「多重化」に向いていると思いますし、ここで言う「多様化」には、それほど向いていないように思うわけです。


それなのに、「芸術」においても「多様化」が進められつつあるという印象があって、そういう場面に出会うと、なんとなく場違いな印象を受けることも多いわけです。


「多様化」がイケナイと言うことじゃなくて、「多重化」がソッチノケと言うのが場違いに感じるわけですね。


実際、「現在の芸術」においては「新しいヴァリエーション」を提示することが求められているような気がしますし、その「新しいヴァリエーション」を示しさえすれば、「内容の密度」はそれほど問題にされないという傾向はあると思います。

これは、「現在の芸術」が抱えている「行き詰まり」からきているような気がするんですね。
早い話が、「新機軸」が求められているわけです。

でも、今はもう、一つの「新機軸」が現状を打開する時代じゃないと思うんですね。
そうやって「多様化」することに頼って行ってしまうと、「幅」だけが広がって行って「密度」はドンドン薄まって行ってしまうんじゃないでしょうか?


現状においては、なるべく限られた領域で「多重化」していくことで「芸術の密度」を取り戻して、そこから、新たなスタート・ラインを仕切りなおすような気持ちが必要なんじゃないかと思うわけです。


そういうわけで、出来るだけ範囲を広げずに、狭い範囲で「多重化」していこうかなと。

そういう風に思ってやっておりますです。




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