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「動物にとっての価値」と「人間にとっての価値」



「価値」なんてことを考えるのは人間だけなのかも知れませんけど、それでも、やっぱり動物には「動物の価値観」があって、人間には「人間の価値観」があるように思うわけです。


もちろん、「うさぎの価値観」は、うさぎにしかわからないでしょうし、「カメの価値観」は、カメにしかわからないんでしょうが、想像することぐらいは出来ますから、想像してみるわけです。


「動物にとっての価値」では、「生存すること」や「繁殖すること」が重要になるんだと思います。

これは「人間にとっての価値」でも同じことだと思います。


違うのは、「動物にとっての価値」においては、「生存」や「繁殖」が常に「最重要」であって、ほぼ全てにおいて、優先するのに対して、「人間にとっての価値」においては、わりと頻繁に「生存」や「繁殖」が二の次になることがあるというところでしょう。

とは言え、やっぱり人間にとっても「生存」や「繁殖」は重要ですから、そこに「価値」を置いていることが多いわけですが、その他のことに「価値」を見いだせないということが、どうも人間的じゃないように見えてしまうわけですねぇ。


「生きることにどん欲なこと」は、「活力」と言い換えることもできるでしょうし、「恋愛やSEXにどん欲なこと」も、ほぼそれと同じことだと思います。

それ自体は、悪いことではないと思いますが、その他のことに「価値」を見いだせないとなると、急激に、『動物的だよね』と言う印象が強く成ってしまいますね。


そういう時の「その他のこと」を「文化」と呼ぶんだと思うわけです。


「動物の価値」よりも「人間の価値」の方が「価値」が高いとは思いませんし、「文化的なこと」も「人間的なこと」も、ひとつも「エライこと」だとは思いませんが、あらゆることに置いて「本質に近いモノ」は美しいと思いますし、「本質を外したモノ」は美しくないと思います。

だから、やっぱり「人間」は「人間の価値」を持っていたほうが、チョットだけマシになれるような気がします。


チョット・マシなだけでエラクないのは、エラク成ったら、やっぱり美しくなく成ってしまうからですね。


もしかすると「美しいこと」っていうのが、典型的な「人間の価値」なのかも知れませんね。


美しさのかけらもない状態で(まぁ、要するに「醜い状態」ですけど)、平然としていられるように成ったら、その人は、もう「人間」とは言えない「別の生き物」になってしまうような気がします。


まぁ、これも「人間」だからエライわけでも、「別の生き物」だから悪いわけでもないと思いますから、「別の生き物」として「生きて&死んで」行きたい方は、『どうぞ、どうぞ』と思いますけど、私は「人間」として「生きて&死んで」行きたいので、「人間の価値」をちょっと一所懸命に拾っていきたなと。

そんなことを思ったりもするわけです。





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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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