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「才能」とは「世間的な評価」のこと



このブログでも何度か書いているんですけど、私は、いま言われているところの「才能」とか「個性」という言葉が、非常に無意味なものに思えるわけなのです。


だから、『この二つの言葉はもうやめてしまってもいいんじゃないか?』と思っているくらいなんですね。


とにかく「才能」とか「個性」と言うときに、それが「ある人」と「ない人」に分けられてしまうんですねぇ。

これは現在「才能」や「個性」という言葉に与えられている設定を無視していて、その為に、この二つの言葉の中に自己矛盾が発生してしまっているわけです。


その設定と言うのはどういうことかと言うと、現在言われているところの「才能」とは、「全方向への才能」を意味しているという設定であり、「個性」などはもともと「全方向的な性質」を持った言葉なわけですが、その「全方向性」がさらに強調されているのが、現時点的な「個性」の設定であるといって差し支えないと思います。

だから「ある人」と「ない人」が居るハズがないわけです。


それを「ある人」と「ない人」に分けてしまいますから、当然、これらの言葉から「全方向的な性質」は失われて、「特定方向的な性質」を持つようになってしまうわけです。

しかも、実際には「特定方向的なモノ」に成ってしまっているのに、建前上は『全方向的なんですよ』と言う形をとってしまっていますから、矛盾が出てきてしまうわけですね。


『皆さんの才能が輝いていますよ』と言っている割には、「特定方向に沿っていないモノ」には見向きもしないという感じですね。


そして、その「特定方向」っていうのは、つまるところ、「世間的な評価」に過ぎないわけです。


昔は、「技術」とか「見識」とかと言った、ワカリヤスイ「特定方向」が「公認の方向」として設定されていましたから、『技術が高い人は才能がある』とか、『豊かな見識を独自に表現できる人は個性的』と言うように、ある程度「目指すべき方向」が決まっていたようなところがあったんでしょうが、その「ワカリヤスイ目標」を外されてしまったので、何を「才能」とか「個性」と言っていいのかわからなくなってしまったんでしょうねぇ。


ワカラナイので、「誰かがイイと言ったモノ」が「才能」であり「個性」であるということに成ってしまったんだと思います。

ところが、その「誰かがイイと言ったモノ」を「イイと言った人」も、、実は「誰かがイイと言ったモノ」を『イイ!』と言っただけだったりするわけですから、そこでの「才能」や「個性」という言葉には、もう、まったくと言っていいほど「実体」も「意味」も無く成ってしまっているわけです。


実際、現在「才能」と言う場合に、まったく「世間的に評価されていないモノ」を「才能」とは言いません。
というか、言っても「ジョーク」や「コント」になってしまいます。


これは実例を示せばわかりやすいと思います。


『うちの子はとっても絵がウマイんですよ』

「なるほど、お宅のお子さんには絵の才能があるんですね」

この場合「絵がウマイ」が「世間的な評価」です。
だから、この会話が「才能の話」として成り立っています。


ところが、

『うちの子は鼻くそホジルのがウマイんですよぉ』

「ほほう、それはすごい才能だ!!」

この場合、「鼻くそ」がネックになっています。
それで「ウマイ」が「世間的評価」につながりません。

だから、「才能の話」ではなく、「才能のコント」に成ってしまうわけです。

   注:「鼻くそ」を、他の「〇〇くそ」に置き換えても、大丈夫です。

   例:「目くそ」・「耳クソ」 など

   質問:『「〇〇ゲロ」も使えますか?』

   答え:『それは下品です。却下します!』

こういうのは極端な例ですが、『あの人は才能がある』と言われて、大方の人が納得できるような人というのは、「世間的に評価されている人」に間違いありません。

これを、「才能」があるから『世間的に評価されるんだ』と言えばもっともらしく聞こえますが、もしそうなら、「鼻くそ堀り」もウマければ一種の「才能」ですから、『世間的に評価されるハズ』です。

実は逆で、「世間が評価したモノ」を、盲目的に「才能」と言っているだけだったりするわけです。


『そんなこと言ったって「才能がある人」も「個性的な人」も居るだろ!?』という固定観念が邪魔してるんですね。


実際は「才能」も「個性」も、人によって「質」が違うだけで、持ってる「量」はあまり変わらないと思いますね。

それが事実だと思います。


それでも、まだ「才能」や「個性」を、「あるモノ・ないモノ」と考えたい方は考えればいいと思いますけど、

私は無理ですね。
どう考えてもオカシイんで。


こんなこと言うと『ナニを言うか、このインチキ野郎が!』と言われそうですけど、

『いや、そこは「この鼻くそ野郎が!」でお願いします!!』

そんな風に思っているわけです。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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