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アリとキリギリスの逆転



童話に『アリとキリギリス』と言うのがありますけど、その話の中では、どう見ても「アリ」は『ご立派!』という感じで、「キリギリス」は『このナマケモノが!』と言う感じに成っているわけですね。

まぁ、童話のことはとりあえず置いといて、ときどき「アリ」には感心させられるんですねぇ。


「アリ」って、とにかく「社会」に徹しているんですね。
完全に「個体」の意識が消滅していて、「社会の部品」に成りきれるのって、ある意味『スゴイことだよな』と思うわけです。


ときどき、人間もそんな風にできたらいいのかも?と思ったりもします。


でも、「人間」はもう「アリ」には成れないんでしょうし、「アリ」のように「社会に徹すること」もできないでしょうから、「キリギリス」で行くしかないんでしょうね。

と言っても、童話の中じゃない現実の「昆虫としてのキリギリス」には、必ずしも「ナマケモノ」というイメージはないですけどね。

 ※けっこう真面目に「スイッチョン」って鳴いてる気がしますけど、ダメなんでしょうか? 
   注:実際に「スイッチョン」と鳴くのは「ウマオイ」という虫らしいです。

  それから、『アリとキリギリス』の童話は、もともと「アリとセミ』のお話だったそうです。
  ということは、7年間もの「地中生活」に耐えた「セミ」が「ナマケモノ扱い」ってことで
  すか?
  そんなのって、ちょっとヒド過ぎると思います。


いずれにしても、「アリ」のような「一糸乱れぬ社会」を目指すことに、ある種の「完璧さ」を感じることはあっても、それ程の魅力は感じられませんし、その「完璧さ」は「人間」にとっては「キュウクツ」でもあるでしょうから、やっぱり「キリギリス・路線」なんでしょうかね。

要するに、「人間にとっての勤勉さ」が、「アリの勤勉さ」とは、かなりズレてきているんだと思います。


「社会」のために「個人」を滅して部品化することは、もう「人間の勤勉さ」ではなくなってきていて、「キリギリス」のようにバイオリンを弾いたり歌を歌ったりして過ごすことが、「人間にとってのナマケモノ」でもなくなってきているということなんだと思うわけです。

つまり、「アリとキリギリス」が逆転してきているということですね。


と言っても、「勤勉さ」と「ナマケモノさ」が逆転してきているわけではなくて、「勤勉」と「ナマケモノ」の内容が入れ替わってきているんだと思います。


いま、「人間」にとって「大事なこと」は、「アリ」のように「ひたすら食糧を貯えること」ではなく、「有り余る食糧」を「分配すること」なんじゃないかと思うわけです。


そして「キリギリス」のように、あらゆることを楽しめたらもっとイイでしょうね。

そういうことが『そんなにうまくいくわけないのか?あるのか?』っていう話じゃなくて、『そっちの方向を向いて行くのか?まだ、同じ方向を向いて行くのか?』っていうことですね。


つまり、これからも「本当は余っている食料を奪い合って、少しでも多く確保する」という方向で暮らしていくのか、それとも、「有り余る食糧を均等に分配して、余った時間をどう使うかに頭を使っていく」という方向を向いて暮らしていくのか?ということですね。


もしも、いま、「人間」が「そっちの方向」を向いて暮らしていったら、もしかすると、他の動物たちから見て、『こいつら、スゴイんじゃね?』という風に見えるかもしれませんよね。


「人間」から見たら、「アリの社会」の「完璧さ」は『スゴイことだよな』と思いますけど、「アリ」から見たら、『人間って、自然淘汰の法則を無視して助け合ってるよっ!シンジラレン!!』と見えるかもしれません。


もしかしたら、そういうことが「人間」が「人間」を誇れるところと言えなくもないのかなと。

そんな風に思うわけです。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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