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まだ「死」は「悪い出来事」なのか?



「死ぬこと」って「悪い出来事」なんでしょうか?

まぁ、確かに良くはないんでしょうね。
でも、「死」を「モノスゴク悪い出来事」と考える必要は、今はもう無いような気もするわけです。


たとえば、「百歳まで生きた人が死ぬこと」も「悪い出来事」なのか?ということに成ると、チョット、意見が分かれて来るところなんじゃないかと思うわけです。

そういうのを「大往生」なんて言っているくらいですから、どちらかと言えば「良い出来事」に入っていると言う気もしなくはないわけですね。


要するに、本当の意味で「悪い出来事」なのは、あくまで「不慮の死」であって、少なくとも、「天寿をまっとうした死」は、そんなに「悪い出来事」ではないんじゃないかと思うわけです。


そして、現在の日本の平均寿命は男女ともに80歳を超えているわけですから、「天寿をまっとうした」に当たる人が、かなりたくさんいるということなんだと思うわけです。


私の考え方がオカシイのかも知れませんけど、『それ、そんなに悲しいことなんですか?』っていう感じがしてしまうわけです。
まぁ、カナシイまではわかるとしても、「悪い出来事」というほどではないんじゃないの?と思ってしまうわけなのです。


「死」を「悪い出来事」として恐れおののいてきたのは、大昔の時代の人間が、現代とは比べ物に成らないくらいに「厳しいサバイバル生活」を強いられていたことからきていて、現在の「安穏な生活(物質的に満たされていると言う意味で)」の中では、必ずしも当てはまらないところが出てきていると思うわけです。


要するに、昔だったら『「死」はそんなに悪いことでもないよねぇ』なんて言ってたら、次の日には死んでたんだと思うわけです。
「自然の中の生活」では、いつも油断大敵だったわけですね。

だから、「死」を「悪い出来事」と考えることで、「死」をなんとか免れるという習性が身に着いたんだと思います。


でも、今は油断しても大丈夫になったということです。
(もちろん、「運悪く死ぬ人」は居るわけですが、「必ずやられる&即やられる」ではなくなったということですね)

それなのに、そういう「大昔からの習慣」が人間の体に刻み込まれてしまっているために、今でも「死」を「悪い出来事」と考えてしまうわけですが、そのことが現代社会の中では、逆に人間の心を蝕んでいるところがあるように思うわけです。


私は「長生き」を人生の目標の一つと考えているんですけど、だからと言って「死」を必要以上に「悪い出来事」だとも思いたくないですね。

「死」を恐れながら戦々恐々として長生きしたいわけじゃあありませんからね。


「自分が一番生きたい生き方」で生きて、それで「死んだとき」が「その人の天寿」なんだと思います。
その期間が出来れば長い方がイイでしょ?ってことですね。
(当たり前ですけど)


つまり、「死」を必要以上に恐れていると「自分の生きたい生き方」が出来なく成るわけですね。
それで、心を蝕まれていくわけです。


これは一種の「文明病」じゃないかと思いますね。

「文明」が発達してくると「死と隣り合わせの生活」から抜け出すことが出来て、「死を恐れる必要性」が薄くなるわけですが、それでも、人間は「習性」としての「死の恐怖」をなかなか捨てられませんから、そこにギャップが生じてくるわけです。

その不自然なギャップが「病」を創り出してしまうわけですね。


だったら、チョット無理してでもそのギャップを埋めてやれば、「文明病」から離れることが出来るんだと思います。


要するに、「死」を恐れるあまりに「老化」を恐れるように成り、やがて「歳をとること」を恐れるように成り、最終的には「生きること」をも恐れるように成るという、とんでもない逆転現象が起きてしまうわけです。
(当然、生きれば生きるほど「歳」をとって「死」に近づくわけですからね)


もともと「死」を恐れるようになるのは、「生命」を守るためなのに、その「生命」をないがしろにするように成ってしまうわけですねぇ。


あんまり無理して「死」を受け入れる必要はないと思いますけど、チョット無理して『「死」はそんなに恐れるほど「悪い出来事」でもないかも?』と思えたら、少し楽になれるんじゃないのかなと。


まっ、短くつめて言うと

『生きたい!』と『死にたくない!』の違いですね
(『じゃあ、この一行でよかったんじゃない?』←『はい、次から気を付けます』)


そんな風に思ったわけなのです。


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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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